ジュリアスを含めたブレイン全員が誰も一言も発することのできないまま固まっていたのを解除するかのように、デスク上の通信アラームが一斉に鳴りだした。他の部門や、子会社、関連企業などからの問い合わせだ。互いに顔を見合わせた後、スタッフたちは電話に出るが、答えられる事は現段階ではたったひとつ。
「いえ、まだ何も判りません。ええ、判らないんです!」
苛立つようにそう答えて電話を半ば無理矢理切るしかない。ひとつの通信を終えても、再現なくアラームは鳴り続ける。スタッフたち担当になり、機械音声のように「まだ判らない」を繰り返している。GNNもシャトルS−385便に関する新たな情報がないまま、同じアナウンスを繰り返した後、一旦違う二ュースへと切り替わる。
とその時、扉の開く音がした。ザッハトルテが入ってきたのを見た室長が縋るように「副社長!」と叫んだ。
「消息を絶ったと言っても事故なのか、多少運航ルートから外れただけなのか現段階では判りませんが、すぐに事故対策室を設置します。直通でかかってくるもの以外、もう電話に出なくてかまいません。
とりあえず外部からの問い合わせは総てそちらに回るよう手配しました。何か進展があった時に直接メディアに対応するののは広報部長に依頼しました。ここのスタッフから数名、各部署への連絡係を決めて下さい。室長はそれを総括して。ジュリアス、貴方は今しばらく待機していて下さい」
ザッハトルテが、てきぱきと指示を出していると、新たな進展があったらしく、GNNの画面がまた切り替わった。
「本日、主星時間午後一時二十五分、イプシロン域エンガディナー宇宙港発、主星行きのシャトルS385便が、ガンマ域に突入後消息を絶った事件で、機体の一部が発見されました
」
はっきりと事故と判ったその発言に、若いスタッフが、へなへなと床に座り込んでしまう。モニターの向こうのアナウンサーは眉間に皺を寄せ、深刻そうな声で報告を続ける。
「……シャトル右上部耐熱パネルの一部と見られる機体の一部が発見されました。S385便の最終確認ポイントに、最も近いガンマ域・セクター第5軌道人工衛星では、これら確認と回収作業に入りました……。ただ今は、主星経済展望座談会のお時間ですが、このまま引き続きシャトルS385便関連のニュースを続けます。……ただ今、主星政府代表議長の官邸より中継が入りました。
シャトルに搭乗していた外宇宙経済担当バニラ大臣の安否について政府の担当官から……」
モニターは、厳めしい石造りの館へと代わる。アナウンサー以上に深刻な顔つきの担当官が、書類を手に読み上げる内容は、
バニラ大臣の公務予定についてでブレインたちにとってはどうでもよい内容だった。モニターからようやく視線を外した。事故対策室がいち早く設置されたおかけで、ブレインルームに掛かってくる通信は少しは減ったが、それでも内線と直通の通信はずっとは入り続けている。そのひとつに出ていたスタッフが
、一旦通信を終えた後、「副社長、たった今、主星政府から連絡が入りました」と振り向いて叫んだ。
「何と言ってきた?」
「事故現場に近いと思われるセクター5軌道人工衛星に、対策本部を設置したそうです。家族及び関係者も待機可能だそうで、今から特別シャトル便が飛ぶんだそうです。もし渡航希望者があれば
来られたし、と」
ザッハトルテは、ジュリアスを見た。
「ジュリアス、行って貰えますか?」
ジュリアスは無言のまま頷いた後、その電話を取り次いだスタッフに、「私の渡航手続きをお願いします」と言った。
「特別便の第一便は、二時間後に飛ぶそうだから午後六時だ。それを逃すと明日の朝に二便が出るらしい。どうする、ジュリアス?」
ジュリアスは強張った表情のまま「……六時の便に乗ります。これからすぐに宇宙港に向かいます。なんとか間に合うでしょう。支度をしますので……」と言い、ブレインルームを出て、社長室へと入った。ジュリアスが、手帳やノートパソコン、急な出張用の身の回りのものが入ったキットなど最低限のものを鞄に詰め込もうとしていると、ザッハトルテが追ってきた。
「誰か共を付けた方がよくありませんか? シャトルを使っての他星への移動……それも、辺境地への渡航は初めてでしょう? もちろんそれもありますが……顔色が
悪い……いや……お互い様……ですか……ね」
ザッハトルテは、情けなさそうな顔をして小さく笑った。ジュリアスもそれに少し笑って答える。
「私なら大丈夫です」
ジュリアスは掠れた声でそう言った。
「貴方がそう言うなら、現地での事はおまかせします。どうか……よろしく」
ザッハトルテは、深々と頭を下げた後、潤んだ目頭を押さえつつ、ブレインルームへと戻っていった。渡航準備を整えたジュリアスは、待機させていたエアカーで、主星第一宇宙港へ向かう。そこは、ウォン・セントラルビルから小一時間ほどの場所にあり、シーズンオフの平日の午後でもあり、行き交う人はさほど多くない。あきらかに仕事絡みの者たちがほとんどだ。ポート内のあちらこちらに設置されているモニターは、
いつもならば美しい景色などを流しているのだが、例のシャトル事故についての特番に切り替わっている。その前でいち早く駆けつけたマスコミ関係者が、臨時便の取材をしようとカメラマンたちと打ち合わせをしていた。
ジュリアスは、指定された政府用の専用ポートに向かうと、カウンターでウォン・グループの人間である事を提示した。スタッフが先に手続きしてくれた為に、特別便の搭乗者リストには、既に名前が記載されてい
て話しが早い。
「サマーさん、IDカードの提示をお願いします」
ジュリアスはスーツの内ポケットから身分証を取り出すと、カードリーダー機の前に翳した。主星一般市民としての本登録が済み、初めて使う身分証の提示がこのような事になるとは夢にも思っていなかったジュリアスである。
「2番ゲートにどうぞ。出発は午後六時ちょうどになります。あまり時間がありませんので、すぐにシャトルに搭乗して戴きますよう。これは今回限りの臨時パスポートとなります、どうぞ」
政府発行のそれを受け取ったジュリアスは、時刻を確かめた後、シャトルに乗るため搭乗口に向かった。廊下の突き当たり、壁をくり抜いたように造られた
搭乗口とシャトルとの接続部に既に政府の役人らしい者たちが数名乗り込んで行くのが見える。その後に、初老の恰幅の良い男とその秘書のような男の二人連れが続いている。どこかの企業の者らしい。ジュリアスは自分の
すぐ前を歩いている男を見た。同じ年頃の、彼もまたビジネスマンのようである。男は携帯電話を手にし、今から搭乗することを告げている。
「ああ。社長のご家族は六時の便には間に合わない。地方におられるから、明日の便になるだろう……何か判ったらすぐに連絡するから……それから契約の件だが……誰か代わりに……ああ、うん、頼むよ」
男は額の汗を拭きながら通信を終えると、「ふう……」と大きな溜息をついた。真横を歩いていたジュリアスと目が合う。行き先は同じだから自然と二人は並行して歩くことになった。「社長が
事故機に乗っていましてね……参りました……」
男は挨拶代わりのようにそう告げた。
「私の……所もです」
ジュリアスがそう答えると、男は連帯感を覚えたらしく、もう一度「参りましたよ」 と妙な笑顔で言った
あと、今抱えている契約がどうの、社の後継者問題が俄に浮上して大変だ……などと話し出した。ジュリアスはそれを適当に聞き流しつつ、心中で溜息を付く。事故に遭った社長自身の身柄を心配するものではなく、突然の事に振り回されている我が身を嘆く言葉ばかりだったからだ。シャトルの搭乗口で、一方的な会話が途絶えるとホッとしたものを感じ、ジュリアスは、「では」と短く告げた後、それ以降は関わりにならぬよう一層の距離を置いた。ややあって、係員から指示された座席にジュリアスは向かった。通路を挟んでシャトルの窓側にズラリと並んだ個別ブース設計になっている。隣の席と言えど故意に覗き込まない限りはプライベートな空間が確保されており、そこに着座すると、ジュリアスの緊張は些か解れ、と同時に、事故の情報に対する不安が広がっていく。座席の前部コンパクトに造り付けられたモニターのスイッチを入れ、GNNへとチャンネルを合わせる。【ガンマ域・S385便関連ニュース】と角にテロップの入った画面が映し出された。が目新しい情報はまだ入っていないらしく、ジュリアスにとっては既知の事を女性アナウンサーが繰り返していた。その時、ジュリアスの上着の内ポケットに入っていた携帯電話がメールの着信を伝えた。小さなサブディスプレイに表示された印が、メールの差出人がチャーリー・ウォンだと告げている。ジュリアスは慌てて、それを開示する。
【ジュリアス様ー、今、やっとガンマ域に入りましたー。でもまだ、モニター越しの通信はできないみたいです。早よ、お顔見たいなあ。チャーリーより愛を込めて、XXX 】
メールのタイムスタンプは、事故の数時間前だと思われた。自分を想い、にやけながらメールを打ったチャーリーの姿が思い浮かぶ。ジュリアスは深呼吸をひとつし、「チャーリー……」と小さく呟いた。
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