事の起こりは、一ヶ月ほど前の事だった。いつものようにブレイン全員での会議中、議題が途絶えた所、チャーリーが、「なあ、俺のスケジュール、来月末に十日間ほどなんとかならん?」と言い出したのだ。
「十日間ですって? 冗談は性格だけにしてくださいよ」
古参のスタッフが情け容赦ない一言を速攻で返す。
「冗談違うわぃ。例のなあ、運動会、今年はなんとか行けへんやろか……?」
チャーリーがそう言ったとたん、古参スタッフが先ほどとは打ってかわった態度で、スケジュール帳を繰りだした。他の者たちも一斉に何かを調べ出す。訳がわからないのは、ジュリアスだけだ。
「ジュリアス様、詳しい事は後で説明します。十日間も無理やろと思って言わなかったんですけど、やっぱりどうしても……と思もて……。皆、無理、言うてスマンけど、なんとか調節してや」
チャーリーがそう言った時、正午を付ける時報が鳴った。
「社長、スケジュールの調整は午後からやってみます。十日間は正直、キツイですな……」
室長がこめかみを押さえつつ言うと、皆は昼休みの休憩を取る為、一斉に立ち上がった。 チャーリーとジュリアスがブレインたちの室から自分たちの社長室に戻る扉を開くと、そこにザッハトルテが待っていた。チャーリーは本日、ランチミーティングの予定が入っており、彼はジュリアスとランチに出向く為に迎えに来ていたのだ。
「チャーリー、早く行かないと広報部とのランチミーティングに遅れますよー。あそこの部長の座右の銘は、時は金なり。時間にうるさい男ですよ」
「判ってるわぃ。もう、せわしないわー。そや。リチャード、ランチ食べながら、ジュリアス様に例の運動会の事、説明してくれる?」
「おや。今年は行かれるんですか? ジュリアスも一緒に?」
「やっぱり行ったほうがエエと思ってスケジュール調整を頼んだ所や。行くのは俺だけで、ジュリアス様には待ってて貰うつもりや。ジュリアス様、午後からきちんと説明しますけど、とりあえずザッとリチャードから聞いててください。なんか事後承諾みたいでゴメンですぅ」
「うむ。判った。私の事は気にせず、さあ、早く」
「はいぃ〜、そしたらちょっと行ってきますー」
チャーリーがランチミーティングの時、ザッハトルテとジュリアスは社内のランチルームではなく、社外の店でランチを取ることにしていた。二人の行き付けは、ウォンのオフィスビルからほど近い洒落た雰囲気のステーキハウスである。ひとつひとつの座席が広く取られており高めの衝立で仕切られている為、個室のような落ち着き感がある。込みいった打ち合わせをするビジネスマンにもよく使われている店だ。
「例の運動会……というのは、ウォン第二チタングロニウム鉱山町での運動会のことなんですよ」
先ほどのチャーリーの会話を補足すべく、オーダーの終わった後、ザッハトルテが話し出した。
「ウォン第二チタングロニウム鉱山というと……」
ウォン・グループは、チタングロニウム鉱山を三つ持っている。一番新しいものは、βエリアの小惑星上に新しく発見されたもので、採掘から加工までを一貫して行う大規模な現場である。チャーリーの代になって創設されたそこは、建設時に様々なトラブルに逢っている。丁度、チャーリーが協力者として聖地と主星を行き来していた頃の事で、ジュリアスとチャーリーの関係が深まるのにも関与していた。ウォンの所有する鉱山のうちで最も大きなこの現場の事は、チタングロニュウム関連のニュースに於いて各種メディアに取り上げられることも多く、また社内での書類も多く回ってくる為、ジュリアス自身もどことなく馴染みがあったのだが、第二鉱山となるとあまりよく知らないのが本当の所であった。
「第二鉱山は、先代が若い頃に手に入れた所です。その頃、まだ小さかったウォン・グループは、主星と辺境地とを結ぶ運送会社を立ち上げたばかりでした。辺境地への輸送はコストや安全面からリスクが大きく嫌煙されがちな分野でしたが、それなりのニーズがあったため、事業は軌道に乗っていたそうです。で、辺境地の拠点にすべくある小惑星を格安で購入したのですが、そこでチタングロニウムの大きな鉱山が発見されたのです。現在、ウォン・グループがたった三代で財閥と言われるまでに成長したのも、この鉱山の発見によるところが大きいのですよ」
サービス業など他の部門と違ってメディアに載ることが少ない為、世間的にはあまり認知されていないが、ウォン・グループが、チタングロニウム鉱山産業の上に成り立っていることは、チャーリーの秘書としてこの一年を過ごしてきたジュリアスにも判っている。
「チタングロニウム部門は辺境地にあり、加えて、主星で総括する我々にとっては専門外の分野でもあるため、人任せになりがちです。チャーリー自身が手掛けた第三鉱山と、採掘量も極めて少なく比較的主星に近いエリアにある第一鉱山は特に大きな問題も発生していませんが、第二鉱山は少しやっかいな存在なんです」
「と言うと?」
「第二鉱山は主星からの高速便でも片道五日ほどかかる治安の良くない辺境にあります。こんな言い方はどうかと思いますが、流れ者も多く、主星の本社から目が行き届かないのを良いことに人間関係のトラブルも多い現場です。先代の頃、職場の連帯感を高めるためもあって運動会が開催されましたが、娯楽の少ない地でもあり、良いストレス発散法になったようでこれが大好評。以降、毎年一度、大運動会が開催され、皆、とても愉しみにしているんですよ」
「なるほど……」
「チャーリーの代になったその年、向こうの労働組合が荒れたことがありました。わざわざ現地に出向いて会議の席に参加したチャーリーは、話し合いが拗れる中、キレてしまい、決起した労働者たちを前に、『福利厚生の向上も、賃金アップは今のままやったらアカンわ。不純物の混合率が前に比べて上がってんのは、待遇面の不備だけでないはずや。自分ら、ちゃんと仕事してへんから違うか? それにこの汚い現場の様子はどうや? 自分の仕事場やったらちゃんとせぇよ? 総てに於いてダラダラやってんのんちゃう? することしてから文句言うてもらおか! 先代が死んで若造が代表になりよったと舐めてたらアカンでっ!』と方言全開で言ってのけ、反対に一目置かれるようになりました。ついでにと運動会に参加し、ポケットマネーで賞品を出して、いちやく人気者に……」
そこでザッハトルテは肩を竦めた。
「冗談のような話しですが、些か泥臭い人間関係を好む現場の人間の心を鷲掴み……です。以来、運動会にはチャーリー自身が立場度外視で参加し、皆もそれを心待ちにしているんですよ。主星から総帥がわざわざやってくる……、まあ確かに現場の志気も上がりますし」
「去年は参加できなかったとチャーリーは言ってましたが、私のせいでしょうか?」
ちょうどジュリアスが、チャーリーの秘書になった頃と時期が重なっている。そのせいもあるのでは……とジュリアスは思う。
「それもあるかも知れませんが、去年は、主星系エリア内の幾つもの重要な会議が重なっていましたのでどうしてもスケジュールが調整できなかったんです。私が代理として赴きましたが、あからさまにガッカリされてしまいましたよ。今年はどうかと思っていましたが、秋は新製品や新開発の発表時期とも重なりますし、年末に向けての様々な調整時期でもあり、この時期に、行って帰ってくるだけでも十日間、ウォンの総帥が出向くには少し遠すぎますからね。チャーリーのスケジュールを確保するために、運動会は真冬か真夏の休暇時期に絡ませて……という案も現地では出ているようですが……」
会話のそこでランチがテーブルに運ばれてきた。それを食べながら、ザッハトルテは、第二鉱山の現場についてや、チタングロニウム鉱山そのものについて知り得ている情報を話し続けた。お陰で朧気だった第二鉱山の様子がジュリアスにもはっきりと判った。
「……チャーリーが貴方を同行させないと言ってるのに感心しましたよ」
食事の最後のコーヒーを飲みながらザッハトルテが言った。
「それは……でもそのように重要な鉱山ならば、私も一度見ていた方が……よくありませんか?」
ジュリアスの返事が少し曖昧になる。たった一日の出張でも、ジュリアス様も一緒に〜とダダをこねるチャーリーが、そんな遠方に行くのに自分を同行させないのは何か理由があるのだろう……と思っていたからだ。
「通常の視察出張ならばそうでしょうけれど、チャーリーは、プライベートで運動会に参加しに来た……というスタンスを取りたいのでしょう。無礼講ということで現場の人間たちの間に入り込んでね。それにちゃんとしたホテルもない治安の良くない鉱山町ですし、なんといっても五日間シャトルに乗りっぱなしで、たった一日運動会に参加し翌日、またシャトルで帰ってくる……かなり疲れますよ。高速シャトルはビジネス用の速度最優先で個室も娯楽施設もないものですし。無理なスケジュール調整をして行った分、後の仕事はかなりタイトになってくるでしょう。貴方には社に留まって貰い、自分のいない間の仕事を確実にこなしておいて貰うほうが効率がいいでしょう。賢明な判断です」
ジュリアスはそれを聞いて深く頷く。自ら、『やらへん時はやらへんけど、やる時はやる男やで〜』と公言してはばからないのも頷けると。
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