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 それから一時間ほど、彼らはそうしてワインを飲みながら話し続けた。 フィリップはジュリアスが元・守護聖だということが判っても、聖地の事をあれこれと詮索するような質問はせず、現在に至るフィナンシェ家の歴史を説明することに努めていた。
「……グランマルニエフィナンシェ家は、このジュリアス様の、ずっと以前にも守護聖様をはいしてるわけやろ? それやのに今のフィナンシェ家って、世間的には誰も守護聖様を出してないことになってるのは何故?」
 身内の誰かが、たとえ側使えであっても聖地に上がったことがあれば、名誉として吹聴して回る者も多いのに……とチャーリーは疑問に思う。
「二つの家を統合し、新しい家を創った……そういうつもりだったらしいよ、一代目フィリップは。その遺言に、ビスキュイ、グランマルニエフィナンシェのそれぞれの時代にあったことを名誉、不名誉共に決して引きずらぬよう……と書かれている。もう親類同士で揉め事を起こすなと。それと、子が複数 あった場合、長子に関わらず後継者を選ぶように……ともね。家を継ぐに相応しい、そしてその意思のある者に継がせるように、と。僕はその言葉を思う度、少し恥ずかしい気持ちになるんだ。家を継ぐ意思が自分にはきちんとあったのかと、ね。僕の場合は一人っ子だったからね。父も祖父も、体裁を気にするの頭の固い貴族然とした人だったけれど、それだけに一代目フィリップの遺言を家訓として、過去にあった家の誉れを殊更、口に出して自慢するようなことは決してしなかった。その点だけは尊敬できる」
「カッコエエ家訓やなあ。俺のトコなんか……」
「損して得取れ……であったな?」
 とジュリアスが笑いながら言った。その笑い声にフィリップの声が重なる。
“ホンマ……よかった。きちんとフィリップに話ができて……これからもエエ関係が築けそうや……ええ一日になったわ……なんかまた、ちょびっと涙でそうや……”
 チャーリーは心の中で安堵し、共に笑いながら、例の立派な所に納まっているティッシュペーパーを一枚、抜く。顔をフィリップから少し背け何気なく、そっと目頭を押さえた時、美しい夜景が窓に外に拡がっているのに気づく。
「もうすっかり日が暮れてしもうたなあ。フィリップ、ここからの夜景、すっごい綺麗やなあ。……あれぇ?」
 
とチャーリーは、叫んで立ち上がり 、窓辺へと歩く。
「あれ、ウチんトコのビルや。最上階のあそこ、今は電気が消えてるけど俺の社長室違う? あ、反対側の端の部屋……ザッハトルテの部屋の灯りがまだ点いてますよ、ジュリアス様、アイツ、 金曜の夜やのに残業してるんやろか?」
 酔いがほどよく回り、頬を赤くしたチャーリーは、窓に張り付くようにしてそうに言った。
「うん……。ここからだと君の会社のビルがよく見えるんだ」
 フィリップも立ち上がり、チャーリーのすぐ側にやってきた。
「白状すると、ここを買うことにしたのは、君のビルが見えるからなんだ」
 ふっ……と笑ってフィリップが言う。彼もほろ酔い気分らしく、目元に赤味が差している。

「んん? どういうこと?」
「フィナンシェの家は、大貴族の格式や威厳に縛られていてね。自宅でくつろいでいる時でさえジーンズやTシャツなども認められなかったんだ。子どもの頃も流行のキャラクターものなど言語道断でね。見てもいい番組も 買っていい雑誌も限られてたんだよ……」
 それが、ウォンのビルが見えるマンションを買う理由とどう繋がるのだろう……と思いながらチャーリーは、黙ってフィリップの話の続きを待った。

「幼稚舎から大学まで聖ビクリニィだったけれど、家の中よりも随分砕けていたとはいえ、貴族の息子ばかりのあの学校では、やはりお堅い事この上無かった。 けれど、アントルメに留学して僕の世界は一転したんだ……」
「庶民層の仲間との付き合いで?」
「ああ。インスタントの食料や、ファーストフード、町中の遊戯施設やバラエティ番組……それまで知らなかったことがドッと押し寄せて。歯を見せてバカ笑いしても誰にも咎められない……」
「今までそんなんしたらアカンかったなんて、ちょーっと可哀想……」
 貴族に生まれなくて良かった……とチャーリーは本気で思う。
「そのうち親しい友達が出来た。二つ年下の明るい男でね。辺境の星の出身で訛りが強いんだ。やたら前向きでいつも冗談ばかり言ってた。だけど決して五月蠅くはないんだ。ちゃんと場所柄も弁えているし、こちらの気持ちを汲み取るのも上手い」
“ははあ、それって例のルームメイトの事やな、やっばりエエ仲やったんかー”

「二年が過ぎ、僕は主星へ戻らねばならなくなったんだ。フィナンシェ製薬の仕事に従事するようになれば他星に気軽に出掛けることはできない。彼もまた大学を卒業して、故郷の星で 、建築家として賞を取って好スタートを切っていた。僕たちの間は、自然消滅という形で終わったんだ。けれど、本当に彼の事は好きだった……」
 フィリップは寂しそうに笑って夜景の映る窓を見つめた。
“うわー、そんなシミジミと……。なんかこっちまで切のぅなるわ……”

「主星に帰った僕は研究職に打ち込むつもりだったけれど、経営者としての席が待っていて、おまけに婚約者まで用意されていたんだよ……」
「ええっ、何の相談もなしにいきなり?」
「いや……。いわゆる許嫁として子どもの頃に決めてあった相手だ。口約束程度の事と思っていたのは僕だけでね。相手は僕が留学から帰ったら結婚するのだと準備万端整えて待っていたんだ」
「そやけど、いっぺんもデートとかしてなかったんやろ? 信じられへん世界や……」
「向こうも大貴族の令嬢だからね。そんなものだと思ってたんだろう。結局、僕は愛してもいない相手と結婚してしまった……。けれど、 優雅な雰囲気の美しい人だったし、暖かい笑いの絶えない家庭を築くことが出来ればと思ってたんだ。けれど妻もまた……大貴族としての格式優先の人だったんだよ。例えば、僕は馬が好きだが、騎乗するだけではなく、その世話も好きなんだ。出産には 、時間の許すかぎり付きそうし、厩舎の掃除だってする。けれど妻はそれが理解できないと言うんだ。世話だの掃除だのは係の者の仕事で、オーナーである僕がしなくてもいいことだと。一度 、ファームや馬たちを見せれば判って貰えるだろうと連れて行ったのだけど、僕のボロの……つまり馬糞の付いたブーツに眉を顰めて帰ってしまったよ。僕がバラエティ番組を見て笑えば下品だと言われ、妻の前でも外で振る舞うように上品にできないのは 夫として怠慢だと言われる……ああ、なんだか愚痴っぽくなってしまって恥ずかしいよ……結局、 上手くいかなくて、父の死後、ようやく離婚したんだ」
「徹底的に価値観が違う相手やったんやなあ……そら、辛かったやろに……。えーっと、フィリップ、それで、何で俺の会社の見えるこのマンションを買うことにしたん?」
 チャーリーは、ほわん……とした気分でそう尋ねた。

「ああ……そうだった。結婚して少したった頃、僕はあるパーティに参加したんだけれど、その頃、意に染まぬ仕事と結婚に、心は随分疲れて荒んでいた。そのパーティも貴族層が主体のつまらないものでね。たまらなくなってレストルームで休憩していたんだ。その時……君が入ってきた」
「え? 俺?」
「扉の陰になる位置にあった椅子に座っていた僕に気づかず、君は、大きな溜息をついて、こう言ったんだ。『ホンマ、アホらしぃーてやっとられんわ、このパーティ。 オバハンはコテコテに着飾って自慢ばっかりしてるし、オッサンはお互いに褒め殺し合い。何が腹立つって、そんな相手にヘラヘラ笑ろて、私はまだまだ若輩者ですから皆様のご指導 ご鞭撻の程よろしく賜ります……なんて言うてる俺や! とっとと帰って、屁こいて寝てる方がマシや!』 一字一句、忘れもしないよ」

 発音にかなり難があるものの、チャーリーの口調そのままでフィリップはそう言った。
「私も君とまったく同じ心境だったからね。それにウォン財閥若き総帥としてスマートな好青年と評判の君があんな強い訛りがあったことも驚きだったし、第一君の言い様がとても可笑しくてね 」
「義理絡みのそういう類のパーティでは、俺大抵、レストルームでブツブツ言うて発散してるからなぁ……そやけど誰もいてへんのを確かめた上でのつもりやったけど、フィリップに見られてたなんて……恥ずかし……」
「僕はその時、随分励まされたんだよ。自分と同年齢の君もああして、頑張ってるんだって。庶民出のくせに……と陰口を叩いている者が多くいたのも知っているしね。すぐに声を掛けて友人になって貰いたいと思ったけれど、ヒヒン軟膏の事があったから掛け辛くてね。その時、決めたんだ。フィナンシェホースクリームの処方をオリジナルなものにして、いつか君に詫びに行くと。三年掛かりで研究しようやくそれが出来上がった。これでいつでも君に堂々と面会できる……そう思っていた時、主星杯で、君とジュリアス様に会うことが出来たんだ……運命を感じたよ」
「そやったんかあ〜。フィリップ、あんたは立派なお人やなあ。この前も聞いたけどヒヒン軟膏の事、そんな気にしてくれてたなんて。開発途中でも気軽にコンタクト取ってくれたら良かったのに〜。ジュリアス様の事含め、フィリップと知り合えたこと、俺、ホンマに嬉しいと思てるよー」
「チャーリー、ありがとうっ」
 二人はヒシッとハグし合う。パタパタパタ……とチャーリーは抱き合ったフィリップの背中を叩くのだが、彼の手はしっかりとチャーリーを抱きしめたままだった。
「ぐぐ……ぐるじぃ……」
「……父が他界し、妻と離婚した頃、丁度ここが売りに出されてね。会社の近くに多忙時用の部屋が欲しかったので見に行ったら、君の所のビルのすぐ近くで、この1001号室からは君のオフィスの灯りが見える位置だと判り、嬉しくなってね……。それでこのマンションを買ったんだ よ」
 チャーリーを、強く抱きしめたままフィリップが言う。
「はあ……やっとマンションを買った経緯がわかった……ようなワカランような……う〜ん……?」
「何が判らないんだ?」
 フィリップは切なげに呟く。
「い……いや……ちょっと、ハグ、長過ぎへん?」
 だが、フィリップはまだ手を緩めない。
「つまりは、僕は三年前に君を見初め、君への想いを募らせながら、新フィナンシェホースクリームの開発に努めていたということだよ……。愛しているんだ、チャーリー」
「へぇ、そら、おおきに……って、え、ええええーっ

とその時、コトリ……とグラスがテーブルに置かれる音がした。ハッとしたチャーリーがジュリアスの方に顔を向けると、ジュリアスが静かにワインを注ぎだしていた。いつもと変わらぬ凜とした横顔は、酒に酔っている風はまったくないのだが、その傍らに既に空になったミドリーノカティス・プラチナとゴールドラベルのボトルが……。
「ちょっと、ちょーっとタンマ!!」
 チャーリーは慌てて、フィリップの腕の中から飛び出す。
「待てない。無礼だとは思ったけど、聖地杯で出逢った後、君の事を調べさせて貰った」
「なんやて? ……そ、そら……まあ……」
 チャーリーはムッとしかけて言葉を飲み込んだ。自分も、フィリップのプライベートプロフィールをザッハトルテに調べさせたのだから、言えた義理ではない と気づいたのだ。
「結婚寸前まで行った大学時代の恋人と、総帥就任後に多忙が原因で別れ……」
「ひぃぃっ、そんな昔のことを……」
「その後、生活が荒れて、随分遊び……その中には男性も……」
 まったく世間に憚る交友関係の無かったフィリップに比べて、チャーリーは叩けば埃の出るカラダだったのである。
「あうっ。ば、ばれてるぅぅ〜。当時の事は、かなりもみ消したはずやのに、一体、どこに調べさせたんや〜」
「けれど、最近はチタングロニウム鉱山の新開発や、カフェの聖地店出店など仕事一筋、会社と館の往復の真面目な生活ぶり。特定の相手はいないと安心したのだが……」
“そ、そら、いつもジュリアス様と一緒やから……見た目そうなるけど……”

「しかし先日、カラメリゼのマルジョレーヌ・アマンド嬢とパリブレストでデートを!」
 フィリップは、グッと拳を作って悔しそうに言った。
「うわっ、やっぱり知られてるぅぅーー、けど、なんでそこまで知ってるぅぅ〜」
「義理絡みで予約を取ってくれと言われるのが嫌で公表していないけれど、パリブレストのオーナーは僕だよ。あの日、たまたま店の様子を見に行って、君を見かけたんだ。 最初の挨拶の感じから、二人とも初めて逢ったようだったから、まだ交際が始まる前と判った。始まってしまわないうちに、僕は君に想いを告げないと……と、どれほど焦ったことか!」
 トクトクトクク……、とチャーリーの背後で、またワインがグラスに注がれる音がしている。ジュリアスは何も言わない。
「マルジョレーヌさんとの事は、アマンド公との仕事絡みの付き合いで、やむにやまれず食事しただけで……」
「本当かい? それならばいいけれど……。チャーリー、君は僕の理想とする、美しさと賢さと優しさ、そして笑いを兼ね備えた最高の人なん だよ」
 フィリップはチャーリーの手を取り、口づける。
「だーーーっ。あ、あかん〜、あかん」
 ぶんぶんと頭を振りつつ後ずさるチャーリーの目には、フィリップではなく、独り黙々とワインを飲み付けているジュリアスが映っている。
「こ、こんなトコで、そんな事言うたらアカン〜」
 その時、ジュリアスの冷たい声が室内に響いた。
「では、どこでならいいと言うのだ?」

 フィリップはそれを、ジュリアスの応援と勘違いし、気を良くする。
「そうだよ、チャーリー。今後、僕が会社にいる君にコンタクトを取った時には、君の秘書であるジュリアス様に介されることも多いだろうし、ジュリアス様には僕たちの仲を公認して貰いたいんだ。謂わば僕のご先祖様でもあるジュリアス様の前で、はっきりと気持ちを告げることは、意味のあるとこだと思う」

「フィリップ。俺、俺、恋人がいてるぅ〜〜。アンタの事は大好きになったけど、あくまでも友達や〜、カンニンしたってやーー」
 窓に張り付いて、首を左右に振りながらチャーリーは叫ぶ。
「恋人が……? 調べではそんなことは……口から出任せを……」
「いてるちゅーたら、いてるぅぅ〜」
 「いても構わない。君ほどの人だからそれも当然だろう。だが、しかし、いつかは……きっと!」
「振り向かへん〜。振り向かへん〜。俺の事はあきらめてや〜」
「想う心は自由だ。もう三年近く想ってきたからね」
「アンタほどの人が無駄に人生過ごしたらアカン〜、もっとエエ人がいてる〜」
「では聞くけれど、君の心の中にある最愛の人の事を、想う事すらしてくれるなと言われて、承知できるかい?」
「……そ、それは……」
「君を困らせるつもりはないんだ。僕の思いは告げた。これからは友人として付き合ってくれればいいから」
 そう言ってフィリップは、ジュリアスの側に座り直す。
「ほ……ほんま?」
「ああ。この間みたいに、ファームに来てくれたり、こうしてたまに酒や食事を楽しんだり。それでいい。でも、僕は君が好きだし、隙あらば……と思っているけれど。さあ、いつまでも窓に張り付いてないで、飲もう。おや……ジュリアス様、もう二本目を開けてしまった……。お強いんだなあ」
「なかなかこの余興が楽しくてな。つい飲み過ぎてしまったようだ」
 ジュリアスは、冷ややかに微笑む。チャーリーの心の中に絶対零度の風が吹いてゆく。
「ジュリアス様、総てが明らかになってサッパリとした所で、シフォン・ファームの会員の件……、いや会員などとはもう言いません。彼処は元々、グランマルニエルフィナンシェ 家の、ジュリアス様の館があったところだ。法的手続きを取ってお返しします。もちろん、守護聖であったことを伏せて」
「いや。それは受けられぬ。今の私はフィナンシェとは無縁の者だ。彼処が本当に懐かしい場所であったと判っただけで良い。会員の件は改めてお願いする。 これから、週末には存分に楽しませて貰おう」
「そうですか……。でも気が変わったら、本当にいつでもお返しします。そうだ、週末用に、ファームの敷地内に、ジュリアス様の館を建てましょうか? そうすれば夕暮れまでたっぷり乗馬を楽しめるし、次の日も。早朝のファームはとても気持ちが良いですよ」
「早朝の乗馬には心が動くが、一般の会員と同じようにして貰いたいのだ。どうか私のことは、最初に会った時のように良き友人として付き合って貰いたい」
 ジュリアスは、顔を引き攣らせているチャーリーをチラリ……と見て言った。
「わかりました。で、明日の土曜日はファームに? ちょうど新しい馬をコースに出そうと思ってるんです」
「それは楽しみだ。契約書一式は明日、持参しよう」
「チャーリー、君も来るよね?」
 フィリップは笑顔で、チャーリーに問いかける。
「い……いや、お、おっ俺は……」
 ふいに問われて、数歩、窓から離れかけていたチャーリーは、また後ずさってしまう。と、その時、「……残念だが、チャーリーは接待ゴルフの予定がある」とジュリアスが言った。
「え……? あ、そうやった、せ、接待でゴルフ……やねん」
「そうなのか……残念だな。ではまた次回にでも。おや、ジュリアス様、ボトルがもう空に……。もう一本、開けよう。さあさあ、ジュリアス様どうぞ。チャーリー、君の分も注いでおくよ」
 フィリップは上機嫌で、二人のグラスにワインを注ぐ。
「あ……ありがと……」
 恐る恐るチャーリーは窓辺から離れ、おずおずとソファに座る。
“き……気まずい、ものすごーー気まずい……。ジュリアス様、平然としてはるけど……。接待ゴルフやて……そんな予定あらへんのに……。ハッ……ええっ、ジュリアス様、俺とフィリップの事、嫉妬してはる? ホンマ? ジュリアス様がジェラシーー? こ、怖い……けど、う、嬉しい……。かなり嬉しい、超〜嬉しい……”
 思わず、ニタ……と笑いが出る。その怪しげな含み笑いを誤魔化すため、チャーリーは、ワインをグイッと飲み、「ほんま……このワイン、美味しいなあ。口当たり、最高やー」 と言った。
「さあ、飲もう、どんどん飲もう! 今日は良い日だ!」
「うむ」
「えーい、もうこうなったら飲ませて貰うでーー。レアワインの一気飲み、滅多にできることやないしー」
 ひとつの問題が解決し、ひとつの問題が浮上する。下がったのか上がったのかわからないテンションの中で、三人はまた新しいワインの蓋を開けた……。 

 午後六時過ぎから始まった、チャーリー曰く、『フィリップにジュリアス様の過去をぶっちゃけて真実を知る密会』は、途中から『フィリップの三年越しの想いをチャーリーにぶっちゃける飲み会』と変じ、フィリップのマンションにストックしてあったミドリーノカティスを総て飲み尽くしてお終いとなった。時刻は午後八時半。さほど遅くない時間なのは、それだけワインの瓶を空けるピッチが早かったからだ。酒に弱くはないが、顔に出るタイプのチャーリーと、強いと言うほどではないが、まったく顔に出ないタイプのジュリアスは、フィリップの呼んでくれたタクシーに乗り込み、ウォンの館へと帰っていった。

「ちょおっと飲みすぎまひた……うっぷ……」
 呂律の回らぬチャーリーを、彼の私室まで肩を貸してやったジュリアスは、チャーリーをベッドの縁に座らせた。
「チャーリー、言っておきたいことがある。そなたがフィリップに総てを話してすっきりしろと進言してくれたお陰で私の気持ちも随分落ち着いた。今宵は様々な事が判り、思う所は多々あるが嬉しい限りだ。しかし、ひとつ想定外の告白があったことについて、はっきりさせておきたい」
「は……はいっ」
 冷や水を浴びせられたようにチャーリーはシャンとし、姿勢を正す。

「そなたからすれば、私は長い時を生きてきたように見えるのかも知れないが、それは聖地との時間差に於いての事。実際の私は、三十年に満たない年月を生きただけにずきぬ。人並みに猜疑心や嫉妬心といったものを 、まだ裡に燻らせている未熟者なのだ。 物語に出てくるような何百年と人生を重ねた何もかも達観しているような老賢者ではないのだ」
「は、はいっ。まあわかります……わかりますケド」
「まあ、とはなんだ? けど、とは? 先のマルジョレーヌ・アマンド嬢のことといい、今宵のフィリップの事といい私は非常に面白くないのだがな」
「い、いや、でっ、でも、不可抗力というか……」
「マルジョレーヌ嬢とのデートは仕方なかったとしても、フィリップに抱きしめられていたそなたは、まんざらでもなさそうであったな?」
「そっ、そんなこと決してありませんっ。あれはハグやと思ってのことですし、突然のことで、こっ、心の準備がっ」
「フィリップは、隙あらば……と言っていた。そなたはどうするのだ?」
隙なんか見せません、ずぇったい見せません! 俺の愛するのはジュリアス様だけ!!!

「…………………………ならば、よい」
「はぁーーっ」
 緊張感から解放されたチャーリーは大きく深呼吸した。
「今日はありがとう。おやすみ……チャーリー」
 クールに去っていくジュリアスに、チャーリーは「あ、待って!」と呼び止める。
「なんだ?」
と、ジュリアスが振り返る。 
「えーっとですね。今日は一応、あの、そのぅ……房事とやらが理に適う週末ですし、いつもなら、金曜日は、あんなこんなの……夜で……」
 えへへ……と笑いながらチャーリーは、枕をポンポンと叩く。
「しかし、体内に、あれだけアルコールを入れたのだ。今夜は水分を補給し、早く眠らねば、明日の乗馬に差し支える」
「そ、そんな〜」
「そなたになら乗ろうと思えばいつでも乗れるが、馬には週末にしか乗れぬ。今宵の房事は一人で愉しむがいい」
 バタン……。ジュリアスはキッパリと言い放ち、出て行った。扉が閉まる瞬間、「ういっく……」とジュリアスが妙な音を発したのをチャーリーは聞き逃さなかった。

「い、今、サクッと、ジュリアス様、ものすごい事、言えへんかった? もしかして、見た目あんなやけど、めちゃくちゃ酔てはるんちゃう?? 今宵の房事は一人で愉しむがいい……って、ええええーっ、いやぁぁん 、ジュリアス様をオカズに、ひとりえっち?……って顔赤らめてどうするねん、俺! それに乗ろうと思えば……って、乗るって、そういう事、言う? ジュリアス様が? それにしても馬や、やっぱり馬優先なんや〜、俺は馬に負けたんか〜
 ジタバタとベッドの上で身悶えるチャーリーの夜は長かった……。 この後、チャーリーが、ジュリアスを想って、一人で房事を愉しんだかどうかは、貴女の心の中で……お約束。
 

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