フィリップ・フィナンシェとの事は、『必殺・俺だけに見せるジュリアス様至上の微笑み攻撃』で、とりあえずは一件落着し、二人はレースを観戦するために、VIP専用ブースへと向かった。先ほどのパドックから専用通路を抜けきり、エレベーターで最上階へ。赤い繊毛が敷かれた廊下にずらりと個別ルームが並んでいる。
「C−3……って、ココですね」
 チャーリーが扉を開けると、ジュリアスの目に満員のスタンド席と、その前に拡がるゴール前が見渡せる大窓が飛び込んで来た。その窓に向かって、座り心地の良さそうな椅子が二脚並んで置いてある。脇には、小さなバーが備え付けられていて、軽めのワインを用意させていたチャーリーは素早くそれを用意した。
「あのクラヴィスアマンドだけには負けたくないけども……」
 チャーリーは、テーブルの上にあるモニターを見つめた。映し出されている数字はあまり競馬の掛け金の仕組みを知らない二人には難解だったが、それでもクラヴィスアマンドが一番人気で、ヒヒンジュリアスの人気があまりないのは判った。
「これ単勝のオッズですよね……クラヴィスアマンドは1・1倍やから100主星ドルで買って、当たったとしてもたったの10主星ドルの儲けってことですよね。う〜ん、それでもドカンと100万主星ドルで買えばソコソコの儲けなわけか。イチかバチか、まさに博打ですねえ」
 チャーリーは素早く頭の中で計算する。
「ヒヒンジュリアスのオッズは……180倍なのか?」
「そうですね……まあ確かに選ばれたのは21番中、20番目らしいし……」
 溜息混じりに言ったチャーリーの言葉に、モニターの中から中継アナウンサーの音声が聞こえた。
 
『各馬に騎手が乗りました。今、パドックから地下通路を通り、本馬場へと向かっております。ヒヒンジュリアスと小競り合いをしていたクラヴィスアマンドですが、今は落ち着いているようです』
 
さらにアナウンサーの声に、解説者の声が被さる。
『クラヴィスアマンド、さすが惑星カラメリゼでの王者だけあって風格を感じさせますね。これに対抗できるのは、3枠のエトワールトロワ、5枠レクイエムデュエットあたりでしょう』
『ヒヒンジュリアスはどうでしょう? 仕上がりはかつてない程上々との調教師のコメントがありましたが?』
『確かにグッと体を引き締めてきました。かなり良いです。が、やはりクラヴィスアマンドの敵になりうるかどうか……は。ただ持ち前の負けん気がどのようにレースに活かされるか……』
 
 チャーリーは、そこでガクッと項垂れた。 
「スミマセン、ジュリアス様。俺が後先考えもせずお名前、拝借してしもうたから、気ィ悪いことばかり言われて」
「別に私のことを言われてるわけではないのだ。さあ、馬たちはゲートに向かうようだぞ」
 ジュリアスは、チャーリーの肩をポンと叩いて顔を挙げるよう促す。
「優勝なんて望みもせぇへんけど、あのクラヴィスアマンドだけには勝ってほしいわ!……ってそれって優勝ってことか?」
 チャーリーは、まだふくれっ面をしている。
「名前はどうであれ、クラヴィスアマンドがそれほどの馬なら、圧倒的な強さで走り抜く所は見てみたい。むろんヒヒンジュリアスも悔いのないレースをしてくれれば……」
 とジュリアスが言いかけたところで、ゴール付近に設置されている大型ハイビジョンモニターがゲート付近の馬の様子を映し出した。ヒヒンジュリアスとクラヴィスアマンドがまた小競り合いしている姿が大写しになる。それをどうどうと諫める騎手たち。

『……おっと、どうしたんでしょう、また二頭が小競り合いをしている様です。やはり馬同士にも相性があるようです。……さあ、各馬、ゲートに入っていきます。ヒヒンジュリアスも、クラヴィスアマンドから離れゲートへ向かいました。まだ入っていないのはクラヴィスアマンド、いつものようにマイペースで今、ゆったりと……、いや、また止まりました。二、三度足踏みをするようにして、ゲートに向わずにいます……』

「早よ入れー、他の馬が焦れてるやないかー」
 チャーリーは口を尖らせた。クラヴィスアマンドは、のそりのそりと少しづつゲートに近づいていく。一番先に入った馬が待ちかねたのか少しむずかっている。そして、係員総出でクラヴィスアマンドを誘導しゲートにようやく入れた。
 
『さあ、ようやくクラヴィスアマンド入りました。これはむずかっているわけではなくこの馬のいつものパフォーマンスといったところでしょう。ゲート、開きます!第801回主星ダービー聖地杯、今、スタートしました。……各馬、綺麗なスタートです。トップに出たのはやはりエトワールトロワ、クラヴィスアマンドは後方十八番手といったとこか、 先に行け……という、いつものペースです……』

「ヒヒンジュリアスは真ん中あたりですね……どっちかというと、えーーっと差し馬というタイプらしいですよ」
 チャーリーは、モニターの下部に出ている情報を必死で読み取る。
「先行馬の後ろに位置し、直線のラストスパートで力を出そうとする馬をのことだな」
「それならあの位置にいるのはエエ感じやないですか?」
 そんなチャーリーの言葉を肯定するように実況が入る。

『ヒヒンジュリアス、良い位置に付けています。折り合いもいい。その背後、後方からクラヴィスアマンダが、グングン上がってきます。一頭、また一頭と抜く、早い!』

「あーー、やっぱり来たかーーーう〜ん、やっぱり強いんかなあ」
 クラヴィスアマンドが、前の馬を、正になぎ倒すが如く走っていく。その様子にチャーリーはムッとし、ジュリアスはその馬脚の良さに感心している。

『まだ仕掛けるには早いと、騎手は手綱を引き締めました。やはり強いクラヴィスアマンド。ただ今、エトワールトロワが先頭、続いてスウィートアンジェ、ラピリンスシルエット、これら先頭集団とクラヴィスアマンドとの差は六馬身、僅差でヒヒンジュリアス。ヒヒンジュリアスは、大健闘ですが、やはり疲れたか? クラヴィスアマンドと入れ替わるようにジリジリと下がりつつあります……』

「アカン〜、ここまでかーー」
 チャーリーは額に手を置いた。
 
『クラヴィスアマンド、ヒヒンジュリアスを押しのけるようにして内から外へと出ました。さあ、先頭集団を抜きにかかるか、おっと、押しのけられたヒヒンジュリアスが焦れ込んだようです、頭を上げて落ち着きませんッ!』

「今の酷いっ! ヒヒンジュリアスが怒るのも判るでっ! ねえ、ジュリアス様っ」
「うむ。今のは強引だった!」
 ジュリアスにしては珍しく声高に叫ぶ。

『ヒヒンジュリアス、クラヴィスアマンドに食らい付くようにピタリと横につきました。闘争心に火をついたか? 二頭そのままトップ集団に追いついた! 両者、最終カープを曲がり、さあっ、ゴールへ向かう直線だ!! クラヴィスアマン ド、ヒヒンジュリアスが出た、ついに先頭エトワールトロワを捉えました。おお、ヒヒンジュリアス、もの凄い迫力です。クラヴィスアマンダも焦れ込んだぞ、騎手が制するのにも聞かず、横を向いてヒヒンジュリアスを威嚇したっ!! クラヴィスアマンダ鼻先リード、どうだ、これが惑星カラメリゼ帝王の意地! いや、ヒヒンジュリアスも純主星産馬としてのプライドを見せる! 余所者に負けてなるものか! クラヴィスアマンドかヒヒンジュリアスか、カラメリゼ馬バーサス主星馬! これは競馬史に残る競り合いだ〜っ。クラヴィス、ジュリアス、クラヴィス、ジュリアス……勝ったのはーーーーーーー』

 チャーリーとジュリアスはその瞬間、思わず立ち上がって大窓に張り付いた。ちょうど大窓の下になる観覧席の観客の叫び声が地響きとなって伝わってくる。そして、アナウンサーの絶叫が……。

『勝ったのはーーーーーークラヴィスアマ……いや、ヒヒンジュリ……、え? ……レクイエムデュエット? 二着は……エトワールトロワ??

 騎手との折り合いを無視し、勝手に二頭だけの世界で走ったヒヒンジュリアスとクラヴィスアマンドの背後から、4、5番手あたりを走っていたレクイエムデュエットがするすると上がり、シレッ……と前の馬たちを抜き去ったのだった。
 ちなみにこの時の実況をしたアナウンサーは、超重賞レースの勝ち馬を、疑問符付きで言ったうつけ者として、後々までも『スポーツお笑いNG集』で笑われてしまうことになる。そしていつも最後に「いや、まあ、あの時は誰もあの二頭しか見てませんでしたけどね」と慰められるのだった。
 
「結局、ヒヒンジュリアスは何着なんですか? 俺、他の馬、見てなかった……」
「私もだ……審議中のランプがついたままだが……」
 
 ドーッという歓声が沸いた。と同時に憔悴しきった声で、先ほどのアナウンサーが「一着レクイエムデュエット、二着エトワールトロワ、そして三着ヒヒンジュリアス、なんと帝王クラヴィスアマンドは4着に終わりました……」と抑揚のない声で伝えた。
 
「やった、やりましたよー。三着でも上出来や! アマンダ公に煮え湯を飲ませたったでえー」
 ジュリアスは微妙な笑顔を浮かべつつも、モニターに映し出される少し得意気なヒヒンジュリアスを見つめた。
 

■NEXT■


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