一方、残されたジュリアスの方は、すぐに着衣の乱れを直し、昂ぶりかけたモノをキッチリと落ち着かせていた。だが、気持ちの方が、まだ揺れていた。
チャーリーのあの想像は、確かに先走り過ぎたものではあるが、いつものように面白可笑しく大袈裟に語ったものではない……とジュリアスは思っていた。
婚約者を連れて微笑んでいるのはチャーリーになる確率の方が、あり得るのだ……と。
「先の覚悟が必要なのは……私の方だ……」
とジュリアスは呟いた。主星系の経済界に君臨するウォン財閥の総帥、それがチャーリーなのであり、プライベートな面を含め、彼の将来については、多くの人の思惑が入り乱れている。妙齢の娘を持つ有力者から送られてくるパーティの招待状は、秘書部に、そのための処理係りがいるほどである。
チャーリーとは、少し距離を置いたほうが、彼の為には良いのだろう……と、ジュリアスは、心の奥底で思っていた。そして、もしも、いつかこの社を去らねばならなくなった時の為にも……、そう思って、立ち上げたオーガスト・J有限会社だった。もちろん、向日葵の種を扱うだけでは、会社は大きくなりようもないが、何事にも足がかりとなるものが必要だから……と思う。
ジュリアスはソファから立ち上がり、光差す窓辺へと移動し、大きく深呼吸した。窓のすぐ外には、巨大なウォングループ本社ビルの正面玄関が見えている。道路から続く玄関までの長いアプローチの両脇の花壇には、沢山の向日葵が
、まだ植えられている。
“もう夏は終わりだというのに……”
ジュリアスは小さく笑って呟く。数日前、そろそろ秋らしい色合いの苗に植え替えようとした庭師に、チャーリーは、『他の月は何でもええけど、八月には向日葵!
八月三十一日までは、絶対、向日葵のまんま!』と叫んで、植え替えを延期させたのだった。ジュリアスは、、目前の花壇の向日葵に、チャーリーが贈ってくれたアンダルシアの向日葵畑の風景を重ね合わせた。見渡す限りの
向日葵の中にいた時のことを……。
と、その時、
会議室の扉が、そっと、数センチだけ開いた。顔だけ覗かせたチャーリーが、ジュリアスの顔色を伺いながら、「……やっぱり社長室、一緒に戻りませんか? 同ンなじトコに行くんやし……」と
バツが悪そうに言った。
振り向いたジュリアスは、窓を背にしているため、逆光となってそのシルエットだけしかチャーリーに見えていない。まだ怒ったままなのかどうか、表情が見えない。
「あのう……ジュリアス様?」
返事が無いので、チャーリーは、仕方なく室内にもう一度入って、声を掛けた。
“やっぱり怒ってはる……?”
おずおずとチャーリーは窓際へと歩み寄った。
「ここの向日葵も、もう見納めだな。明日からは違う花に変わるのだろう?」
ジュリアスは窓の外へ視線をやり、そう言った。チャーリーは、ジュリアスと同じように外の花壇を見た。まだ咲いているものもあるが、花弁は枯れて、その下葉も無惨な姿となっているものも目立つ。大企業の玄関先の花壇としては、そのままにしておくには限界
をとうに過ぎている。
「そうですね、品種改良されたものもあって、秋も冬も向日葵を見ることは出来るけど、ギラギラのお陽さんの下でこその向日葵やからなあ。残念やけど」
「けれども、ここには、いつもそなたのくれたあの向日葵畑の風景が焼き付いている」
ジュリアスはそう言うと、自分の胸を軽く触れた。チャーリーは、花壇から視線をジュリアスに戻す。
「はい。俺のここにも。また来年の休暇に行きましょ。おっと、そんな先のことなどわからぬ……とか言いはったら、またイケズしますよー」
チャーリーは、ジュリアスの前で、両手を何かを握るような形を繰り返してして見せて、悪戯っぽく笑った。
「ほう? それは例えばこんな風に?」
とジュリアスは凭れていた窓枠から身を離し、チャーリーの方へ一歩近づいた。ずいっ、っと。7センチの身長さが、30センチくらいに感じられるチャーリーである。
「あ……、ジュリアスさ……ま」
思わず瞳を閉じたチャーリー。唇が、後、数ミリで触れあうその瞬間に、ジュリアスはスッと身を引き、「さて、社長室に戻らねば」と歩き出した。
“ヒドイ、ヒドイわっ” と、俯いて涙目になりながら追いかけようとするチャーリーに、振り返らないで肩越しにジュリアスがコホンと咳払いしてから言った。
「続きは館に戻ってからに……」と。
「は、はいッ(はぁと)」
チャーリーは、シャキーーンと音のしそうなほどに即座に顔を上げ、ジュリアスの隣に貼りつくようして嬉しそうに歩き出した。
「ふふ……そなたは向日葵のようだな」
ジュリアスが何気なしに言った言葉に、チャーリーは、とても驚いたが、その表情は並んで歩いているジュリアスには見えない。
「俺……が?」
「ああ。似ている。見る者の心を明るくする花だ。そして、強い日差しをもろともせずに咲く強さも。だから……私は向日葵が好きだ」
チャーリーの驚きを知らずに、ジュリアスは、廊下を歩きながら、そう言った。
“俺は、ジュリアス様が向日葵に似てると思ってたけど……。ジュリアス様も俺のこと、そんな風に……”
チャーリーは嬉しさのあまり、向日葵畑で両手を繋いで、グルグルと回る自分とジュリアスを想像した。
「咲いた後、種がみっちりと取れて無駄にならぬ逞しさなどは、特にそっくりだな。転んでもタダでは起きぬ……、日頃のそなたの口癖のようにな。あっはっは」
……チャーリーの妄想は、グルグルと仲良く、回っていたら、いきなりジュリアスから手を放されて、空の彼方にぶっ飛んで行くところで途切れた。
そんな彼の心中を知らぬジュリアスは、まだ笑いながら、最上階までノンストップのチャーリー専用エレベーターの三角ボタン▲を押す。背後で、“あのエレベーターに乗ったら絶対、キ◎タマ鷲づかみしたる……“と、決意に萌える燃えるチャーリーの気配にも気づかずに……。
お・わ・り
■あとがき■
ぜぇぜぇ……ただ今、8月16日午後23時03分です。たった今、「おわり」と書きました。ギリギリ、ジュリアス様の誕生日に間に合いました。
いや、もう、落としたら、暁さんにハリセンかまされます。たぶん、誤入力いっぱいあると思うけど、とりあえず、アップしますネ。 ぜひ感想をお寄せ下さいましね。 |