『誰も知らないウォン財閥の社史』 

 

 さて、アンダルシアから主星に戻って数日後……。

「ヒマワリのタネ……」
 夕食後、ソファにゆったりと座り、本を読みながら、くつろいでいるチャーリーの横で、唐突にジュリアスがそう呟いた。
「はい?」
「この小動物は、ヒマワリのタネを好むそうだ」
 ジュリアスは、愛らしい動物の写真が載っている雑誌のページを拡げて、チャーリーに見せた。
「はぁ? ハムスターですか?」
「調べてみたのだが、油も採れる。ヒマワリの油は他のものに比べ、ビタミンEが多い。さらにコレステロールは少ない。主成分は不飽和脂肪酸、リノール酸やオレイン酸などからなる。これは、必須脂肪酸だが、体内では作られず、植物から取らなければならないものらしい。100%天然の種は、主星及び周辺惑星では、 ほとんど手に入らないことを考えると、これはなかなか良い素材ではないか? ヒヒン軟膏を始めとする自然薬品及び食品部門の新商品として展開しうるように思うのだが。事実、大昔はそのよう な商品も存在していたらしい。……おお、それならば復刻版としてはどうだろうか? あの私の向日葵畑の広さは12ヘクタールほど、おおよそ80万本ほどの向日葵があったはずだ。年間の抽出量を計算してみるとさほどの量ではないが、ここで採れるものの9割をプレミア ・オイルとして発売し、残りの種をウォングループのバイオセンターで育てて増やせば良い。だが、決してクローンをせずに、あくまでも自然の環境と同じ設定で……」
「ち、ちょっと待った!」
 チャーリーは、整然とまくし立てるジュリアスを止めた。
「どうした?」
「いつからそんな商売人になりはったんですかっ」
「ビジネスマン、と言って欲しいものだな」
 とジュリアスは澄ました顔をして言ったが、チャーリーはブンブンと頭を振った。
「油なんか他からなんぼでも採れるやないですか! ヒマワリから良質のものが採れるのは判りましたけど」
「せっかくそなたが贈ってくれた大切な向日葵畑だ。きちんとそれなりに管理せねばあのように保てないと聞くし、そうなると管理費が随分と掛かってしまう。私の年間所得ではまかないきれぬ」
 ジュリアスは、聖地を去る時に、その年間所得の十倍以上の金額を得ているのだが、それには一切、手を付けず、死後、全てをどこかに寄付するつもりで 信託銀行に放り込んだままにしているのである。

「そんなもんは俺が払います」
「あれほどの土地を貰い、その上、管理費までそなたに払って貰うことなど出来ぬ」
「う〜ん……。ジュリアス様、言うてはることに矛盾がありますよ。あの向日葵畑の向日葵は、ジュリアス様個人のものです。それなのに、ウォン財閥の工場で加工し、自然薬品及び食品部門の新商品として販売するって 、公私混同やないですか?」
「むろんだ。だから、私から原材料を仕入れたということにすれば問題ないであろう? その報酬を、畑の管理費に充てるつもりなのだ」
「当社は、いち個人からの仕入れは致しておりません」
 チャーリーは、キッパリと言い放った。
「しかし、個人農家からの直接買い付けはあるではないか」
「もちろん。ですが、その農家は、個人経営の会社として登記されているもの、もしくは、会社形態を取っていなくても、きちんと何らかのユニオンに所属しており、万が一の際の保障が為されているもの、そういう農家でとの契約 以外はしておりません」
 チャーリーは、勝ち誇ったようにザッハトルテの口調を真似て言った。メガネなどかけてはいないのに、銀縁眼鏡の縁をキユッと持ち上げる仕草まで付けて。
「そやから、ジュリアス様は、そんなよけいなことは考えんといて下さい。それより……」
 掌を返したかのように、穏やかな口調になったチャーリーは、ジュリアスに甘えるようにすり寄った。
 ジュリアスは、チャーリーの肩を抱いたまま、呟いた。
「ふむ……なるほど。それでは、仕方あるまい……」と。


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