| 「今日はジュリアス様は、いてへん……。免許の更新で有給なんや。
      そやから、今日はチャンスや……このことは、絶対に秘密。ジュリアス様には内緒で……欲しいんや……頼む」
 チャーリーが、猫なで声を出して詰め寄っている相手は、リチャードソン・ザッハトルテ。
 かつてチャーリーのブレーンスタッフとして長年、勤めた後、副社長に就任した彼は、年齢はチャーリーよりも十歳ほど年上。律儀な七三分けのヘアスタイルに銀縁のメガネ、地味で堅物的な雰囲気だが、スラリとした長身で、
      スポーツジムで一緒に汗を流したことのあるジュリアスによれば、鍛え上げた美しい体をしているという。顔立ちも悪くはない。そのザッハトルテは、自分に躙り寄ってくるチャーリー
      を、冷ややかな目で睨み返した。
 
 「こんな所に連れ込んで、何かと思えば……」
 急用があるからと、昼休みなのに呼び出されたザッハトルテは、社長室の奥にあるチャーリーの私室へといきなり連れ込まれたのである。
 
 「そんなこと言わんと、なあ。こんなこと頼めるのは旧知の仲のお前だけや。頼む……」
 チャーリーは、さらにザッハトルテに縋った。目をウルウルさせて。
 
 「私は、もう貴方の秘書ではないのですよ。それにプライベートな事なら尚更、私に頼むのは筋違いです。どんな頼み事か知りませんが、ジュリアスに頼めばいいでしょう」
 ザッハトルテは、チャーリーとジュリアス
      が、聖地で友情を育み、深い信頼関係で結ばれていることを知っている。だが、よもや二人が、既にアッチ関係でまで深い仲にだとは思っていない。
      ま、多少、疑ってはいるのだが、チャーリーが一方的に、ジュリアスに憧れ、恋心を抱いているのだと思っていた。
 「あっ、また呼び捨てにしたな! ジュリアス様が、そうしろと言うても、俺の前ではやめてや! ジュリアス様が、かつてどんなにお偉く尊いお人やったかは、お前かて知っているはず」ジュリアスが、守護聖だったことは、もちろん世間的には、伏せられていることではあるが、チャーリーが、女王試験の協力者をしていた当時の側近たちであるザッハトルテや秘書部の一部の者たちは、それを知っている。口が堅く、真摯な態度を身に付けている彼らは
      、それを決して口外しないし、ジュリアスを特別扱いしたりもしない。だが、
      肝心の社長であるチャーリーだけは、どうしてもジュリアスを呼び捨てに出来ない。ジュリアスの氏名を、『ジュリアス・サマー』にするという苦肉の策で、なんとか乗り切っている……つもり
      のチャーリーだった。
 
 「もちろんです。けれど今は違います。彼は、私の後輩ですし、様付けで呼ばれることを何より彼は嫌がっていますからね」
 「俺にはそんなことない」
 「それは貴方が社長だからです。今は貴方の秘書であるジュリアスが、社長に逆らえますか?」
 「お前、俺にさんざん逆ろうてるやん……」
 「逆らうのではなく、別の意見を申し上げているだけです。それに、いつも最終的にゴネたおすのはどなたです?」
 「キツ……」
 「とにかく何を企んでらっしゃるかは知りませんが、怪しげな頼み事は遠慮させて戴きます」
 踵を返して出ていこうとしたザッハトルテの背中に、チャーリーはボソッと呟いた。
 「もうすぐ……ジュリアス様の誕生日なんや……。しかも、下界に降りたジュリアス様の初めての誕生日、……どうしても欲しいもんがあるんや……贈りたいもんがある」
 「それは……」
 振り返って話しを聞く体勢に入っているザッハトルテを見て、チャーリーは心の中で、Vサインを出した。
 
      ■NEXT■
 |