「ほう……なかなか発達している星ではないか」 
「うむ、若者も多く、活気に満ち溢れているようだな」 
 辺境にあり、どのような未開の星か?と思われたそこは意外にも高度な文明が発達しているところであった。だが、降り立った二人に人々の視線が絡みつく。
「私たちの姿は奇異に移るようだな……」 
「この物たちとは、お前、髪も目の色も違うな、とりあえず人目の付かぬ所へ行き着る物を調達せねばなるまい」 
 民のほとんどは茶か黒の髪と瞳をしており、ジュリアスの髪と瞳は目立ちすぎるようだった。 
二人は、周囲の視線を避けるように人気の少ない方に歩みだす……。がしかし、一人また一人とジュリアスとクラヴィスの後を着いてくる。 
「つけてくるぞ……どうしたものか」 
「このものたちの素性がわからぬ、もしや凶暴性のある種族であればやっかいな事になる、素知らぬ振りで歩くのだ」 
 二人はただ歩く。だが、既に二人の後ろには数十人の人だかりが一群となって付いて来る。手前から、若い女性が歩いて来て、二人を見て唖然と立ちつくした。膝がガクガクと震えている。 
「そんなに恐れることはない、乙女よ」 
 ジュリアスはたまりかねて口走る。それが引き金となり……後ろについていた一群が二人を取り囲む。 
「キャーーーーーーーーーッ」 
と一群の中のひとりが叫び声を上げると、皆が一斉に騒ぎ出した。 
「いゃゃゃゃあん、クリソツ〜」 
「めっちゃカッコイイ〜」 
「すっごぉぉぉい、どうなってんのぉ、これぇぇ」 
「写真っ、撮っていいですよね」 
「あ、あたしも」 
「ジュリアス様、クラヴィス様にもっと寄って下さい」 
「抱き合ってくれたら、嬉しいぃぃ」 
「な……何、どうしてこの星のものは私の名を知っているのだ」 
 名前を呼ばれたジュリアスはたじろぐ。 
「わからぬ・・」 
「ほら見て、上等のシルクよ、やっぱりポリエステルとかじゃだめなのよね」と衣装をなで回している女の横では、クラヴィスの長い髪の先を一束つかんだ女が、「うーんカツラにしちゃよくできてるわぁ」と感心している。 
 ジュリアスとクラヴィスは唖然と立ちつくすばかり、そんな二人を余所に回りのものは騒ぎ続ける。いささか、うんざりしていた所に、一人の女が現れて「はいはい皆さん、そこまでっ、また続きは後で。会場でも会えるんだしね」 
「イベント運営してるサークルの人よ、なんだ午後の部のイベントに出る予定なのね〜」 
「しかたないわね」 
「頼めばキスくらいしてくれたかもねぇ」 
「んもぉ、アンタってやおい好きなんだからぁ〜チッ、でもおしいことをしたわねっ」 
 好き勝手を言っていた取り巻きが散ってしまうと、その女は二人に向き直って、「今まで、いろんなコスプレ見たけど、貴方たち、最高ね、どう?お昼からウチのとこで同人誌、売るの手伝ってもらえません?少しだけど時給も出すわ」とニッコリ微笑んだ。 
「ドウジンシ……本か・・本を売ればいいのか?」 
 クラヴィスは不審に思いつつ言った。 
「おお、よかったなクラヴィス、いきなり仕事が出来るとはさい先がよい、しかも書籍販売。この星の通貨制度や小売り商業の成り立ちを知るにも頃合いの仕事と見たぞ」 
「ふふ、なりきってるわねぇ」 
 と女は微笑む。女に連れられて大きな建物に入った二人は、あまりの混雑ぶりに喘ぎながら、進む。 
「何っ、書物の表紙に女王陛下や私たちの姿が描かれている」 
 クラヴィスは側にあった本を横目で見つつ驚く。 
「そのようだな……辺境で我らの事など知る由もないと侮っていたが、こうして私の教えの書物など売っているのだから、なかなか信仰心の厚い民のようだな」 
 ジュリアスは得意満面に自分の顔の入った本の表紙を見た。そして女に言われるまま、簡素な折り畳みの椅子に座らされた二人だった。 
「で、どうすればいいのだ?」 
とまどいながらジュリアスは尋ねた。 
「買ってくれた人に、お礼いってくれればいいですぅ」 
「それだけか……」 
とクラヴィスもホッとしたように頷く。その時一人の少女が、おずおずとその本を手に取り、お金を差し出した。 
「よく買ってくれたな、礼を言うぞ」 
 ジュリアスが言うと、少女は「きゃぁぁぁ」と頬を染めて言いつつ去っていった。今度は小さな子供を連れた母親らしき女が本を買い、チラリとクラヴィスを見る。 
「ありがとう……」とクラヴィスが呟くとなんと女は「ああ、クラヴィス様がぁ……この事はパパには内緒よっ」と悶絶しながらも娘を諭す。 
「一体、どういうことだ……」 
「わからぬ……だが、この星では相当守護聖の信仰が厚いようだ」 
「この集まりは……コミケとかいうらしいが、宗教活動なのか」 
「そのようだ……感動のあまり、あのように女性が次々と卒倒するのかも知れぬ」 
 そして数時間が過ぎ……。 
「今日はどうもありがとう、これ少ないけど、お礼ね」と言って女は二人の手に五百円玉と数冊の同人誌を手渡した。 
「次の時もいらっしゃるんでしょう、待ってますわ」 
と女は言うと同人誌が入った紙袋を両手に持ちフーフー言いながら帰って行った。 
「おお、あのようにしているだけで銀貨を得られるとは」 
 ジュリアスは満足したように手の中の五百円玉を握りしめた。 
「お前と私が表紙になっている本も貰ったぞ……なかなかよく描けている」 
 クラヴィスは手渡された本をパラパラと眺めている。 
「何が書いてあるか?」 
「む……ほぉ……」 
「なんだクラヴィス……何が?」 
「お前とオスカーの秘め事が、赤裸々に……」 
「何っ」 
 とジュリアスはクラヴィスの手からそれを奪い取り、見る。 
「何故だっ、何故、辺境の星のものが、私とオスカーの事を知っているのだあたかも見たかのように……あっ……こ、これはっ」 
「どうした?」 
「そなたと私が……ああっ、何故、若き日の過ちまで知られているのだぁっ、何っ、怪しいとは思っていたが、そなたもリュミエールと……」 
 人の事は言えないが、白い目でジュリアスはクラヴィスを見た。 
「いくら信仰が厚いとは言え、ここまで筒抜けとは……この星の連中は何か特別な能力でもあるのではないか……」 
 とクラヴィスは話をそらすように言った。 
「確かに……このように赤裸々に我々の事を知りながら、あのように手厚い信仰、よほどの心の広い民なのか……」 
「今しばらくこの星に留まり、調べてみるか」 
「うむ……先刻稼いだ銀貨もある、今宵は宿を取ろう。私はなんだか頭が混乱してきた……」  |