Section 9 再 会 |
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やがて、カプセル上部のランプが青に変わって点滅し始める。 コールドスリープの解除に異常のないことを告げているのだ。低温下にあったために、曇っていたカプセルが順々に透明になっていく。内部の空気の循環とクラヴィスの体の代謝が活発になってきた証しである。 カプセルの中のクラヴィスは、胸から膝あたりまでだけが薄い保護シートで隠されている。首筋から鎖骨、肩が、はっきりと見えるようになると、ジュリアスは、それを見下ろして「痩せたか……」と呟いた。 まさに死んだように眠ったままのクラヴィスのカプセルの側、僅かに段差のある所に、軽くジュリアスは腰掛けた。 女王陛下の統べる宇宙の崩壊時にあって、それに纏わる多くの事象が、守護聖自身にも負担となっている。ことに安らぎのサクリアを司るクラヴィスにとっては、夜の静寂が、そのサクリアと同調するため、よけいに彼の神経を高ぶらせることは、ジュリアスもよく知っていた。夜、眠れない 時がある……と幼い頃のクラヴィスは、時折訴えていた。 さすがに長じてからは、今は何も言わないが、同じことなのだろう 。そのクラヴィスが、どのような形であれ、深い眠りにつけたのは、良いことだったのかも知れない……とジュリアスは思う。 ジュリアスはふと、クラヴィスの左手が不自然な形であることに気づいた。右手は緩く広げたままシートで隠された体に沿って置かれているのに、左手は、異常なまでにしっかりと固く握りしめられている 。ジュリアスがさらに様子を見ていると、瞼が少し動いた。その後、首や肩、少しづづクラヴィスは微かにではあるが動き始めた。目覚めるために必要な時間の残りが十分を切っていた。カプセルのロックが解除され、 前面の扉が、自動的に半開する。 「ん……」 クラヴィスの小さな呻き声がした。 「起きたか?」 ジュリアスは、クラヴィスに語りかける。が、彼の目はまだ開かない。 「クラヴィス」 ジュリアスは名を呼んだ。 「あ……あ」 掠れた声でクラヴィスは返事をした。 「迎えにきた。もう大丈夫だ」 「どれほど私は眠っていた? ここはどこだ? 私の館か?」 閉じた瞼のままでクラヴィスは答えた。 「今はまだサルベージ船の中だ。こちら側では……そうだな約五十日近く眠っていたことになるか。聖地では半日ほどのことだ。そなたの位置が確定できず、私が直接来た。サクリアを感じ見つけ出した」 「そうか……、世話をかけた」 クラヴィスは、そっと瞳を開けた。 「ジュリアスか?」 「そうだ、私だ。どうした?」 「まだ目がよく見えぬ……思考も定まらぬ……ジュリアス、だな?」 もう一度そう言うと、クラヴィスは、眠りに入っていくようにまた瞳を閉じた。と同時に、クラヴィスの身体の異常を印す電子音が鳴った。 「血圧が低下したままだ。気分が悪いか? 今しばらくは横になっておかねばならぬ」 「ああ……」 「そなた……左手をどうかしたのか? 比較的短期間でコールドスリープが解かれたから問題はないだろうが、なるだけ自然な形で筋肉を弛緩しておくべきであるのに。そのように握りしめたままだと指を痛めたかも知れぬ。ゆっくりと開け」 だが、クラヴィスは手の感覚がまだ戻っていないらしくまったく動かせないままだった。ジュリアスは、クラヴィスの左手の指を一本一本、そっと開かせた。 クラヴィスの小指と薬指を持ち上げた時、その中に、ラピスラズリの小さな二十面体が見えた。 「これを……握りしめていたのか……」 「これがなかったら取り込まれていたかも知れぬ。あの廃墟に巣くうモノたちに」 「役に立てて何よりだった。……やはり私も同行するべきだった。あれほどの大きな陰鬱な気であったのに。この石がこんなにも力を使い果たして色褪せてしまうほどに」 濃い青だった石が、くすんで灰色にさえ見える部分がある。 ジュリアスは、クラヴィスの手の中からそれを取りだしてやろうとするのに、クラヴィスはまたゆっくりと指を曲げてしまった。 「浄化できるかも知れぬ。また必要になる時が来るかも知れない……」 「こんなこと二度とごめんこうむる。あってはならぬことだ」 ジュリアスは、きっぱりとそう言ったが、クラヴィスは何も言わず、話を逸らすように首を少し動かした。そして、「聖地に戻る前に、あの星の近くに寄ってもよいか?」 と小さな声で言った。 「あの星? Z19−1123のことか? 陰鬱な気は既に治まっている。若干、そのようなものが残っていたとしても微弱で自然に消えていく程度のことであろう?」 「ああ。だが、少しお前のサクリアを贈ってやって欲しいのだ……」 それだけ言うと、クラヴィスは気分が悪くなったらしく、目をきつく閉じ、肩で息をし始めた。 「わかった。行く先を、Z19−1123に設定しよう。そなたは今、しばらくこのままで」 ジュリアスはクラヴィスを残しコクピットへと戻った。 |
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