Section 7 長い眠り

   
 警告音が鳴っている……眠りの中から、クラヴィスの意識が次第にはっきりとしてくる。どれ程眠っていただろう? クラヴィスは瞳を開けた。彼の瞳孔を捕らえた ポットのシステム【セプター1】が反応する。

【約8時間睡眠をお取りになっていました。本システムは、これよりモードチェンジし、コールドスリープに入ります。厳密には、第一段階としてハイバネーションに入ります。肉体の生命活動を極端に低下させ 、いわば冬眠状態を人工的に作り出そうとするものです。その後、完全なコールドスリープに入ります】

「聖地との連絡は、取れず……か」
 クラヴィスが呟いている間も【セプター1】は、延々とコールドスリープの注意事項を言い続けている。クラヴィスは適当にそれを聞き流している。

【……最期に本システムは、あなたの身体維持を最優先するように設定されています。 長期コールドスリープになった場合に供え、利用しうる物質の全てを生命維持の為に使用します。ご承諾下さい】

 宇宙空間にある物質だけではなく、カプセルに保護されている者自身が、身に付けているもの全てを再利用して生命維持の為に活用する。感情のない機械にとっては極めて合理的なその申し出にクラヴィスは眉を潜めた。
「この衣装までも分子レベルまで分解して使うつもりか? 使えるものは何でも使え……というわけか?」

【一例として申し上げます。その被服は絹ですから、セリシンが含まれます。アミノ酸の組成が、皮膚の保湿成分に近いタンパク質です。放射線コーティングの素材と して再生するのがもっとも効率的です。あなたは宇宙空間には適さない状態のままです。早急に放射線コーティングしなければなりません。またコールドスリープに入る前段階に於いては、その安全性の為……】

「もういい。判った。好きにせよ……いや、待て、額飾りは分解するな、これは必要なものだ」

【承知しました。それでは、安全の為、お外しになり頭上のセーフティボックスにお入れ下さい 。被服はリサイクルボックスへ。その後、カプセルにお入りになって下さい】

 クラヴィスが、言われた通りすると、軽やかな電子音がしてカプセルがロックされた。

【まだナトリウム、カルシウム、硫黄、四酸化硫黄、塩素を含む個体をお持ちです。使用許可を下さい】

 続いてシステムはそう表示した。
「こんな小さなものまで使うのか?」
 クラヴィスは、手にしていたラピスラズリのことだと判り、少し考えた末、「これも必要なものだ」と答えた。

【それでは、セーフティボックスにお入れ下さい】

「これは……持っている。私の体の一部としてプロテクトをかけてくれ」
 
【身に着けていなくては生命維持に係わるものですか?】

 人には感情があり、物理的に無意味と思えるものでも精神的に必要な場合がありうる。例1、家族の写真、低年齢の者の場合に於いては、ぬいぐるみ、人形など……基本事項の例をひとつを、注釈としてモニターに表示して、 【セプター1】はクラヴィスにそう問うた。
「その通りだ。いちいちうるさいヤツだ。」
 クラヴィスは、笑いながら言った。

【承知しました。その物体にプロテクトをかけました。あなたの体の一部と見なされます。それでは本システムは、無期限のコールドスリープに入ります。おやすみなさいませ、良い夢を】

 【セプター1】は、沈黙し、ポット内を照らしていた僅かな照明までもが落とされた。穏やかな眠りへと誘うための仄かな甘い香りが一瞬した後、クラヴィスは目を閉じた。
“すぐに聖地の者が回収するだろうが……もし……このまま長い時を宇宙を彷徨うことになるのなら……それは、そ……れで……”
 その後の思考の続かぬままにクラヴィスの意識は消えた。
 

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