翌日、クラヴィスが、本当に教皇となるのを、ラーバ、マーサ、ガネットは、各国の王族と肩を並べ、最前列で見ていた。
“何故、こんな場所に一般の民がいるのだ?” という貴族たちの視線も、彼女たちはもうまったく気にしていなかった。袖口がすり切れた上着でも、古いデザインのドレスでも、彼女たちは、堂々と、誇らしげにクラヴィスを見つめていた。
 式典用の法衣に着替えたクラヴィスは、昨日とは比べ者にならないほど、立派で、尊い存在に見える。
「なんて神々しいんでしょう」
「まったく。やはり聖地よりのお力を宿しておられるお方は、我らとは違う」
 どこかの貴族の呟きに、ガネットは肩を竦める。自分だって今のクラヴィスだけを見たならそう思っただろう……とは思う。
“けれど…これは、本当のクラヴィスの姿とは違うのよ”とガネットは心の中で呟く。
 クラヴィスが何故、定期的に悪夢に魘されていたかを、彼女は昨日、食事の後に聞かされていた。クラヴィスがずっと抱えてきたものをもう知っている。

 この地の和平を……
 健やかなる時を……
 皆に聖地のご加護があらんことを……

 ひとつひとつ、クラヴィスが静かに唱える聖句が、大聖堂に響き、続いて厳かな音楽が奏でられる。皆は胸の前で指を組み頭を垂れ、祈りを捧げ始めた。そんな中、ガネットは、祈っている格好はそのままに、ほんの少しだけ頭を上げ、上目使いで、壇上を見た。前教皇と皇妃、神鳥の旗を掲げているルヴァも、錫杖を持っているリュミエールも、横に控えている枢機官たちも皆、一様に瞳を閉じて祈っている。クラヴィスだけが、大聖堂に集まっている皆を見下ろしている。ふと、クラヴィスの手が、口元に動く。 小さく咳払いをするふりをして、欠伸をかみ殺したクラヴィスと、ガネットは目が合った。
「ぷ……」と吹き出しそうになるのを彼女は堪え、クラヴィスを見た。クラヴィスは、しまった……というような顔を一瞬した後、彼女から目を逸らすと、再び何食わぬ顔をして、聖句を唱え始める。ガネットも再び、しっかりと目を伏せて祈り始めた。
 

クラヴィス、私はあんたの事を祈るわね。
ちゃんと教皇として末永く務まりますように……
それから……
もうあんまり悪夢に魘されないようにしてやって下さいって
……ちょっと、恐れ多いかしら……ね?

お・し・ま・い
 


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