神鳥の瑕 第一部 OUTER FILE-01

明日をも知れぬ旅路……
 

  
 インディラの港を出てすぐ……。 
 『魔の海』と呼ばれる海域は、まだまだ先にあり、微かに大陸の湾岸が見える位置にいるためか、乗船している者は、皆一様に、これから始まる航海への期待で胸を躍らせていた。
 船内 での仕事を、テキパキと取り仕切っている第一騎士団の者たちは、その日、夕食の後も自主的に集まり、あれこれと話し合っていた。
 
「そういうことを籤で決めるというのはどうかと思うが」
「そうだ、そうだ。人によって向き不向きがあるんだぞ」
「いや、だが、こういう限られた場所で、自分の事を優先するよりは、籤で平等に決めた方がかえっていいのでは?」
「俺たちの希望云々よりか、ジュリアス様たちの指示に従った方が良いのではないか?」
「何を言う。高貴なお方に、そのような煩わしい事を決めて頂くなど。こちらから、きちんとお膳立てした上で、ご意見を伺うのが筋だ」

 薄い戸板一枚を挟んだだけの隣室から、ケンケンガクガクと話合う騎士団の様子が洩れ聞こえてくる。それは、否が応でもジュリアスたちの耳に入った。
「やってる、やってる。騎士団ってば、はりきってるね」
 オリヴィエは、彼らの様子に思わず言った。
「うむ。食事、洗濯、見張りなどの係りをあっという間に取り決めてしまった。今度は何ついてかは知らぬが、第一騎士団の者たちの自主性は素晴らしいな」
 ジュリアスは、満足そうに頷く。
「そうでしょうとも! 俺たちは、いつもそんな風に意見をすぐに出し合って話し合ってたんです。各々が出来ることを率先して、仲間を助けて。俺の騎士団は、団結力と行動力にかけては、他の騎士団とは 、一線を引く素晴らしさですよ」
 自慢気に言うオスカーの横で、オリヴィエがニッコリ笑った。
「あ、でも、もうアンタの騎士団じゃないけどねーー。王・子・様」
「オリヴィエ、貴様〜」
「あいててて、何するんだよッ。モンメイ国王子の私の首を絞めるとは、宣戦布告かぃ」
 例によってじゃれ合う二人であった。
「待て。静かにせぬか。何か向こうは静かになったようなのだが」
 揉み合う二人を、ジュリアスが制した。オスカーとオリヴィエが黙ると、確かに隣室は先ほどとは違い、シン……と静まりかえってしまっている。
「どうしたんだろ? ちょっと行ってみる?」
 オリヴィエは隣室の扉を指差した。
「そうだな。我々とて、皇帝だ王子だの地位に甘んじているわけにもいかぬ。出来ることがあればしなくてはと思っていたところだ。何の当番かは判らぬが、我ら三名が加われば、あの者たちの仕事も些かなりとも楽になるように思うからな」
「さすがはジュリアス様です」
 三人は連れだって、隣室へと入った。騎士長は、すぐに彼らに気づき、一礼した後、椅子を勧めた。
「申し訳ございません。書類を皆に書かせていますので、しばらくお待ちくださいませ」
「うむ、良い。終わるまで待っているが……」
 まだ何か決め事で揉めているならば、話し合いに参加するつもりでいたジュリアスたちは、一同が真剣に書類に何か書き込んでいる風情なので、今更、口を挟んでも……と思い待つことにした。
 
「あー、いいか。お前たち。早まるな。こういう編成は、よくよく考えねばならん。各自、希望を必要書類に記し、身長、体重、それに特に病歴は偽りなく記すこと。その上で、ジュリアス様、オリヴィエ様、オスカー様に、ご選考を願うということでいいな。もし希望と違う事になっても文句は言うなよ。どうしても生理的に我慢できん……というのなら、早めに言うこと。こういうことは後腐れを残すと、これからの航海に支障をきたすからな」
 騎士長は、そう言うと、自分も書類に向かって書きだした。

「皆、真剣だね。いいね、こういう前向きさって。ホント、第一騎士団の者は皆、気持ちいいよね、さわやか〜」
「まったくだ……」
 オリヴィエとオスカーが小声で話していると、チラリ……とヤンが、それを見ていた。彼はオスカーをじっ見て深く頷く。オスカーは、“なんだ?”と思いつつも、釣られて頷き返した。とたん、ヤンの顔がパッと明るくなった。
 ジュリアスは、騎士団の者たちの並々ならぬ決意を肌で感じながら、部屋全体を見渡していた。西へ行く……それに賛同し、こんなにも真摯な気持ちを持ってくれている者たちがいる……そう思うと、涙さえ溢れそうになる。幾つもの熱い視線を受け止めながら、ジュリアスは満足気に微笑み返した。
 オリヴィエにも幾つもの視線が注がれる。オリヴィエにとっては親しい騎士団の仲間であるから、軽くヒラヒラと手を振る。
 
「さあ、皆、書けたか? よし。では、順次、書類を提出し、追って沙汰があるまで部屋にて待機だ、全員、起立。お三方に敬礼ッ。退室!」
 騎士長の号令で一斉に立ち上がった騎士たちは、一列に並んで、手際よく書類を提出すると退室して行った。最後になった騎士長は、自分の分を最後に置き、とんとんと全ての書類を整えると、扉側に座っていたオリヴィエに、書類の束を手渡した。
「よろしくご考慮下さいッ」
 威勢良く一礼し、彼もまた退室して行った。

「一体、何の取り決めなのだ。皆の熱意だけは、ひしひしと伝わってはいたのだが」
 ジュリアスは、オリヴィエが受け取った書類を、覗き込むようにして尋ねた。
「なんだろうねぇ……一枚目は……ヤンか。身長168センチ……おや、また延びたね、ちょっと前まで165だったのに。体重48キロ。体脂肪率ヒトケタだね、きっと……。病歴なし……うん、健康そのものだものね。オスカー様希望……って何が? 備考欄に何か書いてある……えーっと、『俺、こういう事は経験がないけれど頑張ります。よく判らないので、受でお願いします』って……これって、そういう当番……の……」

 ジュリアスとオスカーが撃沈している横で、オリヴィエは平然と、二枚目の書類を読み上げる。
「達筆で読みにくいや……、身長170、体重70、病歴、やや痛風気味、オリヴィエ様希望……ワタシだ……備考『亀の甲より年の功。受はちと無理ですが、攻の技巧は、若い者には負けません』……って、誰 ?……、ラ、ラオ〜」
 オリヴィエは、書類を投げ散らかして絶句した。
「なるほど……素晴らしい自主性と行動力だ……」
「ある意味、団結力も……」
 ジュリアスとオスカーは頭を抱え込む。

「あ……でも……」
 ラオに攻められている自分をつい想像してしまい、固まっていたオリヴィエが、息を吹き返した。
「でも、何だよ」
 オスカーは憔悴しきった目で言った。
「これから先、何ヶ月も……と思うと確かに辛いものがあるとは思うよね……」
 ポツリと言ったオリヴィエの言葉に、オスカーは小さく頷き、溜息をつく。
「だからと言って、騎士団の者を相手にはできんぞっ」
「もちろんさ、ヤンならともかく、ワタシだってラオ相手にはしたくない」
 オリヴィエは、ぶんぶんと頭を振る。そして……。
「ジュリアスなら……いいよ」と、オリヴィエは言った。声がマジである。
「なに?」
 ジュリアスの眉が変形した。
「ジュリアスが、モンメイを陥落させた時から覚悟は出来てたし。ジュリアスならいい」
「待て、何を言い出すかと思えば。私は、無事、西から帰って来たら、そろそろ……と思っていたのだ。コホン……そなたの妹君を貰い受けようと」
「貰い受けたいって……妹って、あの、あの、あの、ジャンリーを?」
「ああ、そうだ。モンメイ国の姫ならば、私にとっても良い話かと……」
「愛は? 愛はどこ? 政略結婚にもほどがあるよッ。オスカー、アンタのトコに妹いないの?」
「いるが、とっくに嫁いだ」
「なんでジュリアスのとこに嫁がせなかったんだよ」
「なんで……って。妹が嫁いだのは三年も前で、嫁がせるもなにも身分が違いすぎて……」
「離縁させな。そしてジュリアスに嫁がせなよ」
「無茶言うな。子どもだっているんだ。それに妹は、愛する人と結ばれたんだ」
「愛が何だよ。結婚は家と家、国と国との結びつきだよ」
「そなた、先ほどと言ってることが矛盾している……。ともかくそういうわけで、ジャンリー姫ならば、たとえ最初は政略的であろうとも、私は大切するつもりだ。だからそなたと一時的快楽のためにそういう関係になるのはいかがなものかと」
「止めて……。ジャンリーだけは。あんな女とジュリアスが結婚するなんて耐えられないよ。ああっ、どうしてワタシは女に生まれなかったんだろ。ジュリアスとなら即、結婚するのに……。あ、ま、いいか、男でも。国と国の結びつきを考えるなら、別に男同士でもいいはずだ」
「そ、それは、まあ、そうかも知れないが……」
 ジュリアスがそう答えると、オスカーが焦って言った。
「何、言ってるんだ。それじゃ、世継ぎができないじゃないか」
「そんなの寵姫の子か、ああ、そうだ。ツ・クゥアン王の孫がいるじゃない。あの子に継がせようよ。血筋としても申し分ない し。大体、クゥアンの王は、今やツ・クゥアンなんだもの」
「なるほど……。でも、それなら……」
「何だよ?」
「ジュリアス様とオリヴィエじゃなくても、俺とジュリアス様でもいいわけだ」
「何言ってるんだよ。あんたはホゥヤンの次期国王なんだから、自分とこの世継ぎの心配があるじゃないの。その点、ワタシは、万年モンメイの王子だから、とりあえず、お家家督には関係ないもの、リュホウ兄様の子が継げばいいんだ。だから、ジュリアスに輿入れしたって問題なし」
「そんなッ」
「いい加減にせぬか。どうして私がそなたたちのどちらかと結婚せねばならぬのだ」
 真剣に話合うオリヴィエとオスカーをジュリアスが止めた。
「嫌なのっ」
「嫌なんですかっ」
「それは、二人の事は好きだが……」
 ジュリアスは二人に詰め寄られて、ついそう答えた。
「オスカー、こうなったら正妃は二人ってどうさ? モンメイはクゥアンより西にあるから、ワタシは西太后。ちょっと何か悪そうでイヤな感じだけど我慢としく」
「じゃ俺は東太后か……」
「ううん、ホゥヤンはクゥアンの南にあるから、南太后」
「……焼き肉屋みたいだな」
 第一騎士団の褥当番から逸脱し、盛り上がる二人であった。

「ジュリアス……インディラの港町を出て、まだ一日なのにこれでいいのかしらん?」
「いいのかだと? そなたたちが話をそっちへそっちへと持って行ったのではないか」
「このままじゃ西に大陸があったとしても、俺たち着く頃にはすっかり……」
「この話って、超健全じゃなかったっけ?」
「第一部は、死守していたようだが……」

 はたして彼らは、無事、キレイなまま(爆)西へ辿り着けるのでしょうか……。
 

アウターファイルTOP