最終章
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三日後、ジュリアスたちは、教皇庁を出立することにした。夏の盛りは越えたかのようで早朝には時折涼しげな風が吹き始めていた。 一列に並び一糸乱れぬ姿で騎士団の者たちが、大聖堂とそれを背に立つクラヴィス、ルヴァ、リュミエールに向かって敬礼し、深々と頭を垂れた後、門前にずらりと待機している馬車に乗り込んで行く。ジュリアス、オリヴィエ、オスカーは順に彼らと握手を交わす。言葉はなく、ただ互いに見つめ合い頷く。最後にジュリアスが馬車に乗り込むと、クラヴィスがスッと手を挙げた。それを合図に大門が開かれる。 「開門ーーー、ご一行、出立なさいますー」 門兵の大声の後、馬車が一台、また一台と出て行く。三台目、ジュリアスたちの乗った一際大きな馬車がゆっくりと動き出す。 互いに心に思うものが一杯で言葉を発することさえ躊躇われ、涙も笑顔もない別れだった。ただ、胸の内にあるサクリアが温かく、目には見えない絆で繋いでくれていることだけは感じていた。 総ての馬車が門を出て、それが見えなくなってしまうと、ルヴァが「行ってしまわれました……ね」としみじみと呟いた。 「ああ……もう二度と会うことはないかも知れぬ……な」 クラヴィスは門前から聖堂の方へと引き返しながら言った。 「東は不可侵……のままにするのですか?」 ルヴァがクラヴィスを追いながら問う。 「この地と聖地の関係、東の地についてきちんと民にも説くつもりでいる。そういう意味では不可侵は事実上、解かれることになろう。が、どこの国であめうと攻め入ることは許さぬ。罪人が逃れることも」 「せめて文が送れるようにはできませんか? 数年に一度でも互いの安否くらいは知ることができるよう……」 リュミエールは、ジュリアスたちとの縁が続くようにとそう願う。クラヴィスもそれは同様に思う。聖地からの言い伝えが解かれた今となっては、山路を開拓するにしても、海路を行くにしても現在の西の大陸の技術を持ってすれば十分に実現可能だった。 「そうだな。落ち着いたら何か手立てを考えてみよう」 クラヴィスはそう答えたが、この後、彼ら存命の間、それが叶えられることは無かった。ジュリアスとクラヴィスが会ったその翌年の秋は、双方の大陸共にそれほどの収穫が望めず、以降数年は天候の不安定にも悩まされ、新たに海路や陸路を切り開く余力は無いままに時は過ぎた。 その後、祝い事の続く平穏な時代が無かったわけではないが、長い年月のうちに起こった大飢饉と戦争によって、国の体制は大きく代わり、またその犠牲として、彼らは自らの国や民、そして親しい者を失うこともあった。守護聖たちが言った通り、彼らはその地位に見合った責務を背負いながら、生きねばならなかった。だが決して、深い絶望と悲しみの淵に沈み込むことなく、サクリアを抱いたまま良き晩年を迎えた。 |