後少しで、ダダス駅に到着することを告げに車掌がルヴァたちの元にやって来た。騎士団の者たちは、手際よく自分たちの荷物をすぐに運び出せるように動き出す。
「昨日はワタシたちが、今日はルヴァ殿が、喋り続けたねえ。たくさん、たくさん」
オリヴィエは、やんわりとそう言った。ルヴァは、一仕事終えたような心地良い脱力感の中で、
「もうずくダダスです。大きな駅ですから、明日の朝まで停車します。宿舎もあるので、そこにお泊まり戴けますよ。貴賓室を用意してくれているはずですから、お湯も使えます」
と言った。彼自身も、ゆったりとした部屋で休めるのは楽しみだった。すると、オリヴィエが急に立ち上がった。
「うわああ、じゃ、今夜は湯浴みも出来て、広い寝台で眠れるんだね? ラオたちに教えてくる」
オリヴィエは隣の客室へと走っていく。間もなく、隣から明るい喜びの声が聞こえてくる。
「いろいろと手筈を整えてくれているのだな、教皇殿が。有り難いことだ」
ジュリアスは、ルヴァの話を頼りに、未だ見ぬクラヴィスの姿を思い浮かべる。長い黒髪と、ほとんど黒に近い紫の瞳、長身で物憂げな風情……。
「最近は、高位にある事も板について、スモーキーからは、不遜な面してやがる……なんて虐められていますよ」とルヴァは笑いながら言った。
ぼんやりとしたクラヴィスの輪郭がもう少しではっきりと心に移りそうな気がした時、オスカーが、「あっ」と驚いた声を出した。
「ジュリアス様、街が見えますよ」
ジュリアスが同じように外を見ると、前方の茜色の空の下に、大きな街が広がっているのが見えた。
「あれが、ダダスか?」
ジュリアスは思わず呟く。遠目からでもその町の規模は判る。それまでは荒野の真ん中を突っ切るように走っていた列車が、速度を落としながらポツリポツリと立っている農家のある地帯を抜けて
、やがて町はずれにある駅に滑り込んだ。駅の建物も、彼らが乗ってきた終着駅のガザールの駅とは比べものにならないくらい立派なものである。第一騎士団の者たちの中には、王都と勘違いしている者もいる。ここは、ダダスの王都からは離れた所だとルヴァは笑いながら説明する。列車の停まった後、ややあって車掌が、「ご用意できております」と告げに来るとルヴァは、ジュリアスたち一行を連れて下車した。長いホームから、石造りの駅構内に入ると、列車が入ってくるのを待ちかまえていた者たちが、一斉に積み荷を降ろす作業へと取りかかる。その喧噪の中、彼らは、宿舎へと入った。出迎えた係の者たちは全員、教皇庁の地方役人であり、彼らにも“東からの客人”についての対応は伝えられいる。スイズ王都の豪華さを知っている彼らにとっては、ダダス内でも比較的大きなこの町でさえ教皇様のおわす所から離れた田舎であり、「この程度の持てなししか出来きず……」と詫びるのだが、ずらりと食卓に並べられた料理に、騎士団の者たちは驚きと喜びを隠さず、「おお!」と感嘆
の声をあげている。さすがにジュリアスは努めて、平然としていたが、それでもやはり、その豪華さに「ほぅ……」と小さな呟きが出るのだった。彼らが、そのもてなしを存分に受け、明日の早朝の出発に備えてそろそろ寝室へ……という頃になり、ルヴァは、ジュリアスたちを最上階の部屋へと案内した。美しく設えられた室内に入るにり、ルヴァは窓を開け放ち、バルコニーへとジュリアスたちを誘った。
「すみませんね、少しご足労下さいますか? ここから聖地がよく見えますから」
そう言うルヴァにオスカーが、真っ先に駆け寄った。
「お、いい風が吹いてるなあ」
バルコニーに出たオスカーが、心地よさそうに言う。ジュリアス、オリヴィエと全員が外に出たところで、ルヴァは、「さて」と短く言った後、夜空を見上げて、ある一点を指さした。
「見えますか?」
「あのギラギラした大きな星?」
とオリヴィエは事もなく言った。
「ああ、やっぱり、あれだ。あのやたらデカイ星。ジュリアス様とも、あんな星、東では見えなかったって言い合ってたんですよ」
オスカーがそう言うと、ルヴァは「やっぱり見えるんですねえ〜」と静かな夜に似合わぬほどの明るい声をあげた。
「あの星に気づいたのは、こちらに上陸してからですよね? 魔の海を越え、怪我人や病人の手当、船の補修と、夜空などしみじみと見上げる余裕もなかったから気づかなかったのかもしれないけれど」
オスカーは、上を見上げたまま目を逸らさないジュリアスに言った。
「ああ……。じっと見つめていると、何か……鳥肌が立つ」
ジュリアスは、一息つき、声を振り絞るように言った。
「確か、この石を持っていると誰でも見えるんだったね、なら外してみよう」
オリヴィエは、自分の首に下げていた石を外し、ルヴァに手渡した。
「うん、……見えるよ」
「では、貴方もまた、聖地からのお力、サクリアと言うのだそうですが、それをお持ちなんですよ」
ルヴァはたった今、預かった石をオリヴィエに返しながら言った。
「オスカー、あんたはどう?」
オスカーは、腰の革ベルトから石の付いた剣を、ジュリアスに預けて空を見上げていた。
「見える。ジュリアス様は……」
とオスカーは、ジュリアスに視線を戻した。ジュリアスは、羽織っていた長上衣を脱いで、それをオリヴィエに預けた。
「同じだ。ルヴァ殿、あのようにはっきりと見えているものが本当に、他の者には見えぬというのか?」
ジュリアスは、驚くというよりかは、信じがたいと言った口調である。
「やっぱり訳が分からないよ、聖地って」
「綺麗な星だと思ったけど、そう言われて改めて見ると何だかなあ……」
三人共、眉間に皺が寄っている。
「ええ。本当に……何なんでしょうかねえ、あれって?」
ルヴァまでもが、そう言うと、オリヴィエが、プッと吹き出した。
「この世界をお造りあそばした尊き聖地を、あれ、だなんて言っていいの?」
「いやあ。えーっとですねぇ、何だかこう無条件に信じていた頃とは違って、近しくなった分、謎は深まるといいますかねぇ……」
困った顔して頭を掻くルヴァに、その場が一気に和む。軽く微笑んだ後、ジュリアスは再び、聖地を見る。
“得体の知れぬもの……聖地……”
今はそれを挑むようにして見ることしか出来ないジュリアスだった。
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