スモーキーは、川辺で待機している仲間を説得し、ジンカイトに誘われて彼らの村へと移動した。最初は不安そうにしていた大男たち鉱夫も、村の集会所に集う農夫や荷運び人夫たちに、僅かではあったが、食べ物と酒を振る舞われて次第にうち解け始めた。夜遅くまで彼らは、農村と鉱山それぞれの状況を語り続け
、さらに友好を深め合ったのだった。
翌朝、彼らは共に王都へと歩き始めた。先頭をジンカイト、その隣にはスモーキーが付いていて、今後の動きについてあれこれと打ち合わせている。その後ろを総勢六十名ほどの者がぞろぞろと隊列を組んでいる。ジンカイトたちにとっては、まだよく知った場所におり、スイズ役人の有無、次の村の位置が頭に入っているらしく、まるで農作業にでも出掛けるような気楽な雰囲気の中だったが、鉱夫たちだけが
知らぬ道に緊張していた。
やがて日が暮れかけ、彼らは谷間の頃合いの地に落ち着いた。気のあった者同士、あるいは、リーダー格の者たち同志、適当な塊を作りながら、それぞれに夜を迎えようとしていた。
ジンカイトは、言葉に出さないまでも、まだクラヴィスの事を気使っており、スモーキーは、そんなジンカイトを気にしながら、王都の様子や、今年の農作物の事を熱心に聞いていた。一通りの話しが途絶え、他の仲間がジンカイトの側にやって来た時、スモーキーは、リュミエールとルヴァの姿が見えないことに気づいた。
「ここは騒がしいからな。どこか静かな所に……。ああ、いた。あそこだ」
立ち上がり付近を見渡したクラヴィスは、皆からやや離れた丘の斜面に、小さな焚き火を前にしてポツンと座っている二人を見つけた。
「行ってくる……リュミエールの事が気にかかる」
クラヴィスがそう言うと、スモーキーも立ち上がった。
「ああ。ちょっと滅入ってるみたいだからな……」
昨夜からこの道中にかけて、農夫や鉱夫はここぞとばかりスイズの国政に対する不満をぶちまけあっていた。短気な者たちは、王都に向かう第一目的は、嘆願書提出であるのに、もはや暴動を起こすことを必至と考えている。はっきりと王家の連中を亡きものにしろと叫ぶ者さえもいた。そんな声が聞こえてくる度に、リュミエールの表情が暗くなっていくのを、スモーキーもクラヴィスも感じてはいたが、ジンカイトが側にいた為、声を掛けることが出来なかったのだった。
「よぉー」
と、スモーキーは、明るい声で二人の背後から声をかけ、リュミエールの側に座り込んだ。クラヴィスはルヴァの横に。
「リュミエール、ちょっとキツいか?」
スモーキーは、ストレートに尋ねた。リュミエールは、寂しそうな顔をして少し笑った。スモーキーは、何も言わず、リュミエールの背中に手を回し、二度三度と軽く叩いた。
「リュミエールなら大丈夫ですよ。慰めようとして反対に私が慰められているんですからねー」
ルヴァが、情けなさそうな声を出した。
「おぅ、ルヴァ、何か滅入ることでもあったのか? ……って、まあ、行く先の事を思うと気も滅入るよなぁ」
「ええ。昼間、荷物運びをしている人からルダの様子聞いたんです。ふぅ……」
ルヴァは、瞳を閉じ頭を左右に振った。
「はぁ、もうどうなることやら……と思うと、リュミエールを慰ぐさめるつもりが、何の言葉も出てこなくて」
ルヴァは俯いて、手の中にあるブローチを見つめた。フローライトに貰ったあの緑の石の付いたものだ。思えばルダ王都を出た時は、まだ朝晩は肌寒く、マントの襟元を止める為に欠かせないものだったのだ。季節がすっかり変わり、冷たい風を避けるマントが不要になった後、しばらく鞄の奥底に仕舞い込んでいたのだった。何気なく取り出してそれを見ていると、自然とフローライトの事が思い出される。三年経って自分に恥じない生き方をしているなら迎えに来て欲しいと言った彼女の言葉を、今は殊更重く感じるルヴァだった。ただでさえ身分が違う上に、ルダの文官の職さえも今は、失ったも同然だった。視察に出たまま戻らない自分を、ルダ王城で待つ者などいない。それ以前にルダが国としての機能しているのかどうかさえ危ういのだ。
また黙り込んでしまったルヴァに、スモーキーもリュミエールも何も言えない。
「……いけませんねぇ、いけません。今は何も考えないで前だけ見なくてはね……」
ルヴァは自分に言い聞かせながら、ブローチを上着のポケットに仕舞おうとした。
「ルヴァ、ちょっとそれを……見せてくれ」
クラヴィスが、ふいにそう言った。
「え? これ……ですか?」
ルヴァは、右手の中を開いてブローチを見せた。クラヴィスの指が、それをすくい上げるように摘んだ。
「どうしたんですか?」
「これをどうした?」
クラヴィスは、ブローチをじっと見つめたまま言った。
「貰ったんです。あのう……もしかして、それ貴方のものだったんですか?」
ルヴァの矛盾した言い様に、リュミエールとスモーキー、それにクラヴィスが首を傾げた。
「あ、いえ、あのですね、それを私にくれた人は、それを拾ったって言ってたものですから……」
「どこで拾ったのだ?」
「えっと、ダダス北方領にある古い小さな遺跡で、と言ってました。あ、遺跡に関係するものではないそうです。たぶん、そこを調査していた学者のものかも知れないらしいですが、結局、持ち主は見つからなかったらしいです」
クラヴィスは、小さく唸るような声を上げると、自分の鞄の中から、自分の石を取りだした。教皇しか入れぬ塔の地下室で見つけたものを。
「あれ? 一緒ですねぇ、この金の飾り枠の所」
それを見たルヴァが、やんわりした声をあげた。
「どうして一緒なのだろう?」
クラヴィスの方は、深刻な声で呟いた。
「お前の方はどこで手に入れたんだ? ちょっと見せてくれ」
スモーキーは、二人の手から、それぞれのものを取り上げて見つめた。
「教皇庁にある塔で。ずっと過去の教皇の私物だったものを私が貰い受けた」
「石の種類だけ違うんだな。一緒の工房で造られたもの……といった感じだな。だが、教皇の私物にしては、大した細工でもないし、石だって瑕が入ってるなあ。
クラヴィスとルヴァが同じ細工のものを持ってるなんて、まあ、これも何かの縁ってヤツだな」
スモーキーは、二つの石を焚き火の明かりに翳して見た。そして、それぞれをクラヴィスとルヴァの手の中に戻した。
■NEXT■
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