草原を抜けると、そこからは緩い下り坂になっており、やや遠くに林が見えていた。そこへと誘うように小川が伸びている。そのせせらぎの音を聞きながら、スモーキーたちは、日陰を求めて林に入り、休憩するのに頃合いの場所を探して歩いていた。先行していたゼンは、小川の幅がそこそこに大きくなっていて平坦そうな川辺を見つけ、スモーキーたちをそこに誘導した。生い茂った草を掻き分けて、その場所に行こうとした時、先頭にいたゼンとサクルが、先客を見つけ、思わずその場に立ち尽くした。彼らのはしゃぐ声が、突然途絶えたことに、後ろから来た大男が、「どうした?」と言いつつ、派手に木の枝を払いのけて聞いた。
「あ……アンタらは……」
突然、立ち止まった大男に、ぶつかりそうになったスモーキーが、彼の背中から顔を覗かせる。そこには、酒場で出逢ったあの農夫とも人夫とも判らぬ客だった男たちがいたのだった。
男たちも、川辺で水を飲み、一休みしている風だったが、スモーキーの後ろにぞろぞろと続く男たちを見ると、明らかに怪しんでいる風情で立ち上がった。スモーキーは、大男の前に出て、彼らの方に歩いた。
「傭兵志願に兄さんたちじゃないか。やっぱり諦めずに王都に行くつもりか?」
男が聞いた。その声は警戒心に満ちている。
「ああ。そうさ」
スモーキーは、努めて気軽そうな表情を作って言った。
「三人連れじゃなかったんだな……。こんな子どもまで傭兵にするつもりか?」
男は、まだ立ち尽くしたままのゼンとサクルを見ると顎でしゃくって言った。
「子どもったって、そこそこ大きいんだし、使いっ走りくらいにはなるだろう?」
「王都じゃ本当に傭兵なんか募集していない。鉱山もだ。管轄地の鉱山を仕切ってるのはスイズの役人で、ダダスの捕虜を働かせていると聞く。そのせいで年寄りや体力のないものは鉱山から追い出されているらしい。とにかく今は、新規に鉱夫なんか雇い入れしていないはずだ。悪いことは言わない、ヘイヤの村に帰れ」
男のうち一人が、サクルとゼンの背中に回り、スモーキーたちの元に押し戻した。その仕草は乱暴なものではなく、むしろ、スモーキーたちに同情している風だった。
“ほぅ……鉱山の現状まで知っているのか。こいつらやはりただの農夫じゃないな……” とスモーキーは思う。
「けど、俺たちも手ぶらじゃ故郷に帰れないんだ。スイズの王都は、目も眩むばかりの華やかな町だと聞くからな。アンタたち、荷運びの人夫かなんかしてるんなら、何か仕事の口
、知らないかなぁ?」
スモーキーは、哀れっぽくそう言った。
「帰るんだ。スイズにいたってロクなことはない。いくら不作でも戦火のないヘイヤのほうがマシだろう?」
「ヘイヤに比べれば、スイズは大きい。戦火ったってダダスとの戦いは、ルダ辺りでやってることなら王都は関係ないじゃないか?」
尚も食い下がってくるスモーキーに、男は次第に苛々としているようだった。
「あんたたちも俺たちと同じ貧しい階級だと思うから親切に言ってるんだ。帰れ……王都は、この先何があるからわらかないんだ。……暴動が起きるかも知れないんだぞ」
男の言葉に、スモーキーたちは静まりかえった。
「暴動……って……王都で?」
誰かの呟きが、その沈黙を破り、それがきっかけとなり、男たちはざわざわと話し始めた。
「そんな噂があるのか?」
スモーキーの問いかけに、男たちは互いの顔を見合わせた。
「あくまでも噂……ということだ」
「教えてくれ、暴動って? 農夫たちが?」
大男はたまらず、男たちに躙り寄った。
「うるさいっ。余所者が首を突っ込むな。ヘイヤ人ならヘイヤに帰れ」
「行けよ、さあ、戻れよ!」
男たちは、手をばたつかせて、スモーキーたちを退かせようとした。ここから先に行かせまいとする仕草が、何かを隠しているようで不自然だ……とスモーキーは思う。自分たちが本当はヘイヤの農民などではないとハッキリ言ったほうがいいのかも知れないと、スモーキーは思い始めていた。だが、男たちを信用するには、まだ彼らの素性が判らなさすぎた。とりあえずは一旦、退くべきか……と思った時、馬の嘶きが背後で聞こえた。振り返ると、目深に日よけの帽子を被った男が
、こちらにやって来るのが見えた。服装から兵士ではないことにスモーキーたちは安堵したが、馬が、農夫や荷運び人夫の使う足の太い働き馬ではないことに不安が過ぎる。
「どうしたんだ?」
馬上の男は、チラリとスモーキーたち一行を見ると、酒場にいた男たちに向かって問うた。
「昨日、言ってただろ。ヘイヤから来た連中なんだ。傭兵の噂はガセだと言ったんだが……どうしても仕事を求めて王都に行くって聞かない」
男の一人が答えた。口ぶりからして騎乗している男とは知り合いのようである。
「今、王都に暴動が起きるかも知れないから帰れ、と言われたところだんだが」
馬上の男の方が、この男たちのリーダー格のようだと見て取ったスモーキーは、そう言って彼の反応を見た。馬上の男は、よけいなことを言ったな、とばかり仲間の男たちを睨みつけ、馬の手綱を操作し、スモーキーの方を向き直った。
「農民たちも必死なんだ。減税の嘆願書の返答によっては、暴動もありうるということなんだ。あんたたちも農民なら判ってくれるだろう? 出逢ったのも何かの縁だ。命拾いしたと思って、ここはヘイヤに戻ったほうがいい。出稼ぎなら、東の辺境地に行くほうがいいだろう。あちらは教皇庁の役人が直接管轄しているから、扱いもまだしもマシだろう」
この男もまともな事を言う……とスモーキーは思っていた。見上げた男の顔は、帽子のつばが作る影の中にではあるが、鋭い眼光を持っている。自分よりは少し若い程度の働き盛りの男の顔は、矮小な感じ
がしない。決して悪い連中ではないようではある。この男は、その暴動の発起人かも知れないな……とスモーキーは思った。もしそうなら、鉱山の不正を暴くべく教皇庁に向かう自分たちとは、同胞のようなものである。この場をどう治めるのが一番良い方法か……スモーキーは五感を張り巡らせる。
と、その時、ずっと後ろの方にいたはずのクラヴィスの姿が、スモーキーの視野にスッ……入った。馬上の男の背後に動こうとクラヴィスはしている。クラヴィスは、背後からこっそりと男の顔を確かめようとしているように見えた。
“なんだ? クラヴィスのヤツ……?”
そうスモーキーが思った瞬間、その気配を察したのか、男がふいに後を振り返った。彼の顔を見ようとしていたクラヴィスと、視線が合った。
その瞬間−−−−−。
■NEXT■ |