第八章 蒼天、次代への風

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 翌朝、身繕いをした鉱夫たちは、落ち着かぬ様子で迎賓館にいた。 このまま教皇庁内で、身柄がどうなるかをただ待つよりは荒れたスイズ城内の整備に力を貸したいと思っていたスモーキーたちは、スイズ王城に行くことを願い出て、その返事を待っているのだった。
 やがて執務官が、クラヴィスを伴ってやって来た。簡略化された正式のものでないにせよ一般の民が着ることのない長い法衣を、クラヴィスは着ている。その姿を見ても、鉱夫たちがさして驚かないので、スモーキーが自分の事を話したのだな……と クラヴィスは思った。鉱夫たちは、ニヤニヤとした笑顔を見せていた。
「あ、クラヴィスじゃねぇかっ」
「うひゃー、法衣なんか着てやがるぜ」
「なんだよ、もう逢えないとか言っといて逢えたじゃねぇかよ」
 執務官を押し退けるようにして彼らは、クラヴィスの回りに集まる。
「こら、お前たち、無礼であろうっ。下がりなさいっ、しかも、皇子様の名を呼び捨てにするとは何ということをっ」
 執務官は、手をばたばたとさせて鉱夫たちを座らせようとする。
「良いのだ。今、しばらくこのままで許せ」
 クラヴィスは、笑いながら執務官を下がらせる。
「よう、クラヴィス。何だぁ、自分だけ男前になっちまってよう」
 スモーキーは、クラヴィスの美しい衣装に触れながら言う。
「ふん、男前なのは元からだ。そっちこそ今朝は、色艶がいいな」
 スモーキーが相手ならば、クラヴィスも軽口が叩きやすいらしく、そう言い返すと互いににやにやと笑い合った。
「ああ、お陰さんで、たらふく食ったからなあ。サクルなんか一気に背が伸びたんじゃないかあ?」
「うん。本当にそんな気がするよ。昨日の夕飯、凄かったんだよ、美味しくて、もう頬が落ちそうで。ありがとう、クラヴィス」
 クラヴィスにすり寄って屈託無い笑顔を向けるサクルに続いて、鉱夫たちは照れくさそうに、ぼそぼそと口々に、詫びの言葉を繰り返した。
「何の事を謝っているのだ?」
「だからさ、俺たちがさんざんお前に言った暴言のことさ……うすのろとかムッツリ、だとか」
「今更、何だ。とりかえしがつくものか」
 抑揚のない声でクラヴィスは言うが、その目は穏やかである。
「だから、すまねぇって言ってるんじゃねーかよ。お咎めなしってことでよろしく頼むぜぇ、クラヴィス様よぉ」
 手を合わせ拝む鉱夫の姿に、笑いが起きる。いつまでも続く笑い声を、スモーキーは落ち着かせると、「なあ、クラヴィス。俺たちが、リュミエールの元に行く事、教皇様は、ご承知下さったか?」と尋ねた。
「ああ。身柄は教皇庁預かりのまま、スイズ城に留ることを許可するとの事だ。馬車を門前に用意させた。すぐに出られる。リュミエールによろしく伝えてくれ。手が空いたら、私も会いに行く」
「よっしゃ。昨日、ぶっ壊した城の門やら花壇やら、ちゃんと修繕するぜ。さあ、馬車に行こうぜ」
 大男は、他の者たちを促す。スモーキーとルヴァも後に続き、彼らは迎賓館の一室から廊下に出て、外へと向かった。意気揚々と賑やかに歩く鉱夫たちの後で、ルヴァが心配そうに「クラヴィス、貴方の方はどうなんです? お一人で大丈夫ですか?」と言った。
「父も母も喜んでくれた」
「良かった。で、ジェイド公のことはどうした?」
 スモーキーは、小声になって言った。
「枢機官は解任になるだろうが、恐らくは表立っては何事もなかった……ということにしたい。こちらからは咎めるようなことはしない。彼はスイズにとって必要な人間だ」
「お前がそれでいいと思うならいいさ。兄上には逢えたか? お前の気持ちを伝えられたか?」
 スモーキーがそう尋ねると、クラヴィスの歩みが遅くなった。最後尾から付いてきていた執務官に先に行くように言うと、ほとんど立ち止まらんばかりになった。
「どうした?」
 同じように歩みを遅くしたスモーキーが尋ねる。ルヴァも心配顔になっている。
「兄には逢えなかった。聖地に……召されたそうだ」
「え? どういうことなんですか?」
「話せば長いが……、兄は、私とは別の特別な力が宿り、守護聖となるべく召還されたのだ」
 スモーキーとルヴァはお互いに顔を合わせた。
「守護聖って……聖地に女王と共にいらっしゃる神のごとき存在……っていう? すまんが実感できない……。詳しいことを時間のある時にじっくり聞かせてくれ。ともかくも、兄上が聖地に召されたということはだな……お前、もう次代になるしか……?」
 クラヴィスは、頷く。
「それじゃあ……クラヴィス、あなたが。ええ……ええ。やっぱりそうなるのが一番だったんですよ。聖地からのお力を賜ったのはあなたなんですから」
 ルヴァは一人で納得し何度も頷いている。
「そうか……そうか」
 スモーキーはそう言いながら、クラヴィスの背中を何度もさすった。
「もう覚悟は決めた。逃れられない運命だと思うことにした。そう思えばあきらめもつく」
「あきらめ……だとよ、なんてバチあたりな」
 ぼそぼそとそう答えたクラヴィスに、スモーキーとルヴァは肩を竦めて呆れたように笑った。
「リュミエールはきっと喜びますよ。あなたが教皇となれば、どんなに心強いでしょう。新しい政権、新しい教皇、民もきっと心躍らせるに違いないです」
「あんまり期待されてもな……どうしたものか。まあ出来るだけのことはする」
「なんだあ、その気合いの入ってない物言いは。お前ってヤツぁ。まあ、最初からあんまりやる気満々じゃ息切れしちまうからな。そのシレッとしたふてぶてしい所は、人の上に立つには丁度いいかも知れんがな」
「リュミエールの方は息切れしているかも知れない、早く行ってやれ」
 クラヴィスは笑いながら、スモーキーとルヴァを、馬車の止まっている方へと押した。

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