その頃、スイズ王城では、逃げ帰った騎兵隊の長が王の目前で、内務大臣に叱咤されていた。
「農民や職人ふぜいに負かされてどうするのだ?」
「しかし、向こうは広場にいるだけでも五百かそこらの大人数でした。背後にあふれた者や女や子どもを合わせるとその数は千にもなろうかと。ダダスとの最終戦に出ている為、北部、南部の駐屯地にも兵はあまり残っていませんでしたので……」
「周辺の諸侯の館にも連絡し武官の手配を! そなたの実家からも武官を出せるのであろうな?」
貴族の末弟である騎兵の長は、そう言われて俯く。
「わ、私の家は、武官と申しましても数名の門番のような者しか……」
「無いよりはまし、とは言え、役に立たぬわ。ともかく、すぐに兵を掻き集めろ! 私はジェイド公に連絡をする。彼ならばすぐに武官の百や二百、出してくれるだろう」
「は!」
騎兵の長と内務大臣が、王の間から去っていくと、すかさず王妃が、玉座の傍らに歩み寄った。
「そんな大勢の民が押し寄せるなんて……大丈夫ですの?」
「ふむ……。些か面倒なことになっているようだな? アジュライト」
王は、憮然とした顔で座っている中の王子に言った。
「十四の者まで徴兵したからだ。それに嘆願書も随分、無視しているしなあ」
と他人事のように上の王子が言う。
「この様子では明日の朝には、城の目前まで押し寄せるつもりではないかと、あの騎兵の長が言ってましたわ。そんなことになったら……」
王妃は、王の膝元に縋りつくように座り込む。王はその肩にそっと手を置いた。
「聞けば、ろくな武器も持たぬ者どもと言うではないか。今日は急なことでもあったし人数に押されたようだが、こちらも兵を集めている。それに大砲もある。それを見ただけでも怯むであろうよ」
王の言葉の後を続けるように中の王子アジュライトは、「門前で追い返しますよ。我軍はいよいよダダス王都に入りつつある。彼らが王城を占拠するのも時間の問題なんだ。今週中には、片が付くでしょう。その事を告げ、手のひとつも振って
、菓子でもばらまいてやれば、喜んで帰って行くでしょう」と、相変わらずの強気な態度でそう言い、わざとらしく怯えた顔をして王の縋っている王妃と、その横で退屈そうにしている兄を見て鼻先で嗤った。
「そうだわ。ここはアジュライトにおまかせになって、王妃様と上の王子は、湖の離宮にでもお逃げになっていればどうでしょう? 」
寵妃がそう言って微笑んだ。
「なんですって! 城から出て行けと!?」
「あら、嫌ですわ。安全の為に……申しているのに。国母様と次期王となられるかも知れない大切なお方ですものね」
寵妃の嫌みに王妃は、悔しさに涙を浮かべたが、上の王子の方は素直にそれを受け止めたらしく、「湖の離宮かあ……しばらく行ってないなあ。
今日など汗ばむほどの陽気だし、ダダスに勝利したら、あそこで小舟をたくさん浮かべて宴を開いたらどうです?」と言った。
アジュライトは、そんな兄に苦笑し、立ち上がった。そして扉の方に歩きながら「ともかく、私はダダスの方が気に掛かりますのでね。東部から早馬が何か情報を持ってくる時刻だ。失礼します。お母様方も、心配されることなどありませんよ」と言った。
リュミエールの決意など露ほどにも知らぬアジュライトは、今、父が座っている玉座をチラリと振り返って見た。自分が座ることになったらあの古臭い椅子は捨てて、新調しなくては……と思っていた。
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