“帰る……教皇庁に。私の……家に……”
まだ心には、薄靄がかかってはいる。だが、クラヴィスはそう決意した。多くの事象がそうであるように、じっと耐えているだけでは何も解決しないのだと、理屈で判ってはいても行動が伴わなかった彼の重い心の扉が、ようやく開こうとしていた。
スモーキーと共に食堂に入ってきたクラヴィスに気づいたサクルが、大きく手を振って、彼らを自分たちの座っているテーブルへと誘った。助かった者たちと、彼らと懇意にしていた者たちも同席しており、
テーブルには、いつもでは考えられないほどの量の食事が、置かれていた。
「役人がいないんだ。かまうもんか。さあ、食え、食え」
そう言いながらサクルの父親はクラヴィスに、山盛り入った皿を差し出す。困惑しながらもそれを口に運び出したクラヴィスを見たスモーキーは、満足気に笑った。
そんな彼に、大男が「ちょっといいか?」と声を掛けてきた。
「今、どの道を行くのが一番いいか、これからの道中の打ち合わせをしたいんだ。それから、他にも俺たちに同行したいと言い出した者が何人もいるんだが」
大男は、角のテーブルに一塊なっている連中を見て言った。
「年寄りや邪魔者扱いされていた者たちか……。役人に手をかけてしまった者たちもいるな……」
皆、このままここにいるよりは、よっぽどいいと思われる連中ばかりだった。一様に暗い目をして思い詰めた顔をしている。
「ああ。殺った連中は、ここにいれば戻ってきたスイズの役人や兵士に、その場で処刑されるだろう。どうせ罪を償うなら、教皇様に一言訴えてからでないと死にきれない……と言うんだ」
「スモーキー、俺とサクルも同行させちゃくれないか?」
サクルの父親が、二人の会話に割って入って来た。
「俺は鉱山との契約がまだ一年残ってるんだ。だが、もうサクルをこんなとこには置いときたくない。一緒に連れてってくれ。慈悲深い教皇様なら、親子でまっとうな暮らしが出来るような仕事を見つけて下さるかも知れない」
「僕が規約違反の証拠になるよ。教皇様に、無理矢理、鳥持ちをさせられていた事を訴えるよ」
サクルが父親の言葉を継いでそう言うと、スモーキーは、その頭を撫でた。
「途中で役人に捕まれば、どんな仕打ちを受けるか判らないぞ? 道中の食い物だってまともにないんだぞ?」
スモーキーは、サクルの目線まで身を屈めて言った。
「それでも行くよ。ここにいたっていつでも腹ぺこだったもん」
「違いねぇや」
スモーキーは笑いながら、もう一度、サクルの頭を力強く撫でた。
「結局、あっちの連中に、サクル親子を入れて、この現場からは十人が同行することになるな」
大男が、角にいる男たちの人数を確かめてそう言った。
「それに、クラヴィスも同行する」
スモーキーは、ひたすら食べ付けていたクラヴィスを指差して言った。
「ああ……皆を旧坑道に先導したでかい兄ちゃんだな。横幅は大したことないけどよ」
大男は、自分の体を誇示するかのようなポーズを取って言った。
「クラヴィスもいくんだって。良かった。また一緒に歩こうね」
サクルは、にっこりとクラヴィスに微笑みかけた。クラヴィスの方は、気恥ずかしいのか、頷くように少し頭を下げただけだった。
「えらく懐かれたもんだな、まあ、こんな無愛想な男にゃサクルみたいに可愛いのが横にいるとちょうどいいかもな」
スモーキーが笑いながら、クラヴィスの背中を叩く。
その様子を……。彼らから少し離れた場所で、見つめている者がいた。リュミエールである。
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