昼間のように早く馬を走らせるわけにはいかなかったが、それでも半時も経たぬうちにジュリアスとオリヴィエは、ラオの館に着いた。オリヴィエが、やって来るのを今か今かと待っていた執事は、馬の近づいてくる音を聞きつけて扉を開けた。
「ジ、ジュリアス王!」
執事は、オリヴィエのみならずジュリアスまでもが、扉の向こうにいたことに驚きながら、その場に慌てて跪いた。
「夜分、失礼する。我らの馬を頼む」
ジュリアスは、馬を降りると執事にそう言った。
「はい。今宵は冷えます故、いったん厩にお入れしておきます」
執事は、ジュリアスとオリヴィエから手綱を預かった。とその時、執事の後からラオの声がした。
「オリヴィエ様! ジュリアス様まで来て下さったか、有り難い!」
彼は、叫びながら戸口に駆け寄ってくる。
「ラオ爺、すまなかったね、お疲れ様」
オリヴィエは、ラオに抱きついて言った。
「ラオ、私からも礼を言う。本来ならば新年の休みをゆるりと取って貰うはずだったのに」
「何を仰られる。ささ、まずはお入りくだされ」
ラオの後について、ジュリアス、オリヴィエは、館に入った。夜半とはいえ、まだ床に入るのは早い時間であるのに、他の家族の姿もなく静まりかえっている。
“おや? 他の者たちはどうしたんだろう?”
とオリヴィエは館に入ってすぐにそう思った。だが、居間に通されるとすぐにその訳をオリヴィエは思い出した。正面の壁に、優しげな目をした老婦人とヤンによく似た騎士の肖像画が掛けてあった。ラオの妻と息子だった。オリヴィエは、いつか交わしたラオの言葉を思い出していた。
“奥は、五年前に亡くしましてのう。この年ともなれば天寿をまっとうしたと言えるでしょう、喜ばねばなりません。息子の方は、若死にしましたが、勝ち戦での名誉の死ですじゃ。騎士としては良かったと思うことにしております。可哀想なのはヤンの母親でした。まだ若いのに先立たれてしもうて。良縁があればと思っておりましたが、ジュリアス様の口利きで、先頃、北の領主の後妻に収まりました。小さい領地ですが良い所です。それに気だての良い綺麗な嫁でしたから、あちらでも好かれていると聞きます。儂もヤンも喜んでおりますのじゃ。そういう訳で、館には執事と庭師、側仕えもそれぞれの連れ合いと最低限しかおりません”
それぞれに親と子を失って寄り添って生きている……ふだんは人一倍明るい二人の、影の部分を垣間見てしまったようで、心が痛むオリヴィエだった。
「少し待っていてくだされ、お客人をすぐにお連れします」
ラオは、火の側に用意した長椅子を彼らに勧めると、そう言って引き下がって行った。
パチパチと暖炉の中で薪の燃える音がしている。ジュリアスとオリヴィエは無言で、冷えた体を暖めた。火に向かって差し出したジュリアスの長い指先は、手綱をきつく握りしめすぎたせいで痺れている。それが暖まるにつれてようやく治まったころ、居間の扉が叩かれ、ラオが再び姿を現せた。背後に客人……ロウフォンを引き連れて。
「ロウフォン殿ですじゃ……」
ラオがそう告げると、彼はその場に跪き、頭を垂れた。
「ロウフォン!」
ジュリアスは、安堵と不安の入り混じった気持ちでロウフォンを見下ろした。先刻までの汚れた行商人の形ではなく、湯浴みをし騎士の衣服に着替えた彼だったが、上着は軽く肩に掛けてあるだけである。その開いた上着の間から包帯で手当された上半身が覗いていた。この道中で傷口が再び開いてしまい、ほとんど片手で馬を御していた為に、怪我をしていない方の肩や腕の筋までも痛めてしまっていた。
「このような姿のまま失礼いたします」
ロウフォンは、開いたままの襟元を手で合わせ、さらに深く頭を下げた。ジュリアスはその場にしゃがみ込むと、ロウフォンの肩にそっと触れた。
「気にしなくても良い、かまわぬ。それよりも、よく……無事で」
「は……」
“辿り着いた……ここに。このお方の所に……”
そう思うと感慨のあまり、ロウフォンは言葉が出ない。
「ロウフォン……ワタシは、モンメイのオリヴィエ。オスカーにはとても良くして貰っていました」
オリヴィエも膝を折り、ジュリアスの後から、彼に声をかけた。その声に、ハッとして顔を挙げたロウフォンは、オリヴィエを見ると、「オスカーよりお話は聞いておりました。
ラオ殿よりもお聞きしましたが、この一件ではいち早く、こちらにラオ殿たちを派遣して頂いたとか。本当にありがとうございました……」
ロウフォンは、言葉を詰まらせたまま、涙を堪えた。
「皆様、さあ、こちらへ座り直しましょうぞ。話さねばならぬことが山のようじゃ」
ラオは、皆を立たせると円卓へと誘った。卓の中心に置かれた燭台を囲むように、ジュリアスたちは座り直した。オリヴィエは、チラリとジュリアスを見た。ジュリアスの方も、その視線を受けると微かに頷いた。お互い、オスカーの安否を早く聞きたい……と思うものの、あの折れた剣が脳裏を掠める。そんな二人の微妙な間を読み取ったラオが静かに「オスカー殿は生きておられましたぞ」と言った。
「本当っ!」
「まことか!」
ジュリアスとオリヴィエは、同時に声をあげた。
「意識がまだ戻りません。しかし、出血は治まりました。頑丈には育てたつもりですから、きっと……」
ロウフォンがそう言うと、ジュリアスはしっかりと頷き、持参していた報告書を取りだした。
「ここに、この度の一件について、ホゥヤン領主からもたらされた報告書がある。これにまず目を通して貰いたい。その上で、食い違う所があれば、忌憚なく申してみよ」
「ジュリアス様、それはもしや、本日届いたものでしょうか? 道中、視察団の騎士の帰路とあやうく鉢合わせになりそうになりましてな」
ラオの言葉に、ジュリアスは頷いた。
「この報告書とオスカーの折れた剣が、届けられたと聞く。正直、もはや、これまでか……と思ったほどだった。その前にオリヴィエから、ラオが客人を連れ帰ったと聞いていたから、まだしも理性が保てたが……」
「ワタシなんてもう手が震えて、泣きそうになったよ」
ジュリアスとオリヴィエは互いに苦笑し合った。ロウフォンは、その報告書を手に取り、静かに目を通しだした。
その間、ラオは、ジュリアスとオリヴィエに、ホゥヤン領に入って、ロウフォンとオスカーに逢うまでの事を、話して聞かせていた。ロウフォンの本宅に入り込むために、
物売りに化け、ヤンと一芝居打った下りでは、ジュリアス、オリヴィエ、ラオの間に笑いが起きる。ロウフォンだけが、報告書の端を握りしめて、眉間に皺を寄せていた。
ラオの話が一通り終わり、ジュリアスは、ロウフォンに視線を戻した。報告書は既に閉じられており、両手は拳を作っている。
「ラオ爺も、目を通すかい?」
オリヴィエは、報告書をラオに渡そうとしたが、ラオは首を横に振った。
「どうせそれには偽りが書かれておるんでしょう。そんなもの儂は読みませんぞ」
ラオはそう決めてかかると、ロウフォンを労るように、彼の手に触れた。怒りのあまり固く握りしめられたロウフォンの拳が開かれる。
「さあ、本当の事をご説明申し上げる時が、やっと来ましたぞ」
ラオの言葉に、ロウフォンは深呼吸した。彼の報告は、オスカーが夜半、ふいに館にやって来た所から始まった。己の感情は挟み込まず、端的に泉の館で起こった事までを、彼は話し終えた。先の報告書との幾つもの相違点について、ジュリアスとオリヴィエが問うても、彼の態度は感情的になることはなく、的確に返答した。
「オスカーの意識が戻りませぬ故、あれが、館でどのような行動を取ったかまでは判りません。もしや館の何処かでホゥヤン領主と出くわし、剣を交えることになったのかも知れません。その時、本当に斬りかかったのかも知れません。ですが! ジュリアス様に私の事を取りなして貰うから安心して死ね、などと言って相手に斬りかかるような事は、決して言いますまい」
ロウフォンはそこだけは感情的になって言った。ジュリアスは黙って頷いた。総てはホゥヤン領主の謀だった……だが、ひとつ疑問点が残っている。ラオも、ロウフォンも後回しにしたその一点を、もちろんジュリアスとオリヴィエは気づいていたが、それが一番の問題点なのだと心の何処かで感じ、彼らがいつ言い出すか待っていた。
「さて……ここからが肝心な所ですじゃ……」
ラオは年長の者らしく、皆の心を推し量って口火を切った。
「コツの事だね。あの『ジュリアス様の命により……』の事だね」
オリヴィエがそう言うと、ラオとロウフォンは頷き合ってジュリアスを見た。
「内通者は誰だ? ホゥヤン領主にオスカーの行動を伝えていた者がいるのだろう?」
ジュリアスに、ずばりと聞かれて、ラオもロウフォンも一瞬言葉を飲み込んだ。
「第一騎士団の者か? それともオスカーと同期の騎士仲間の中の誰かか?」
ジュリアスは、返答を促すように二人に言った。
「確証はまったくございませんが……」
ロウフォンは言った。
「これは初めヤンが言い出したことなのです。我らは最初からあり得ぬ事と……いや、心の片隅にふと思うことはあったのかも知れませんが……。それをヤンは、真っ直ぐな濁りのない目で見据えておりました。初めは薄っぺらい単純な考えと一笑しました。年を取ると、多方向から物を見る癖が付きます。それは間違いではない。そうすることでより真実を深く知ることが出来ますからのう。じゃが、気づかぬうちに、どこかで自分の都合の良いように真実を覆い隠してしまうこともある……」
ラオは、そこまで言うとジュリアスの目を真っ直ぐに見た。
「ツ・クゥアン卿……」
ラオが告げた名に、しん……とその場が静まりかえった。ジュリアスは「そうか」とだけ言った。
声を荒げて驚くでもなく、その静けさに溶け込むような穏やかな声で。
「ジュリアス、気づいてたのかい? いつから?」
オリヴィエは、ジュリアスの様子を見てそう言った。
「ロウフォンの報告を聞くうちに、ふと思ったのだ。ホゥヤン領の内情に些か問題があるようなことは、私にも報告が回っていたが、彼の言うように切羽詰まったものではなかった。ところがロウフォンは、急を要すると数回に渡り書状に記したと申した。ここで双方の意見が食い違う。ロウフォンが嘘をついていないとなると、ツ・クゥアン卿が、私によこした報告が偽りとなる。他の者ならば、単なる報告誤りか、面倒な地方の内情に対する職務怠慢か、そういう言い訳も通じよう。だが、ツ・クゥアン卿に限ってそのような事はない。故意に、何かの意図を持って以外、そのような大事な報告を私の耳に入れぬ理由はない」
それを聞くとロウフォンは、声を詰まらせながら「私の言うことに偽りがないと、私の言うことが真実であると、お認め下さいますのか……」と言った。
「そなたの言葉にだけは一点の矛盾も、言い訳めいたこともなかった。だだ、私はこれからツ・クゥアン卿と対峙せねばならぬ。ロウフォン、以後、この一件を私に託してくれぬか? 今後の事も含めて総てを」
「何を仰います。私に了解をお取りになる必要などありません」
ロウフォンはきっぱりと言った。
「うむ。そなたもその体だ。すぐにホゥヤンに戻るわけにも行かないだろう。それに事がはっきりしない間は、ホゥヤンに戻るのも危険だ。今、しばらくはラオに世話になるといい。オスカーの事が心配だが、明日にでも
、信頼の於ける良い医者をホゥヤンに向かわせる手筈を取ろう。ラオ、その者に渡せるよう、オスカーのいる場所の地図の用意を頼む」
「はっ。お任せくだされ」
ジュリアスはそう言って立ち上がろうとした。それをロウフォンが止めた。
「お待ちください。今しばらく! ……お見せしたい物があるのです。少しお待ちください」
ロウフォンはそう繰り返すと、一礼し、扉の向こうに消えた。
「ラオ爺、ロウフォンは何を?」
オリヴィエは、ラオに尋ねたが、ラオも「さあ……どうなされたのだろう?」と小首を傾げた。ややあって、ロウフォンが戻ってきた。手に細長い包みを持っている。
「御前にいきなり剣を持ち込む訳にも参りませんでしたので控えておりました。私の身の潔白を信じて頂けた今ならば、これを手にし同室してもお許し願えるかと」
ロウフォンは円卓の上の燭台を、ややずらしてそれを置いた。
「それは御自身の剣ではないか? 道中は我らは行商人ということじゃったから剣は不要。それで荷物の中にお持ちだったものですな」
ラオはその包みに見覚えがあった。着替えなどと一緒に大きな麻袋の中に入れてあったのを見ている。
「私の剣の他にもう一振り……」
ロウフォンは、包みを開けた。布から、鉄錆や緑青の粉がぱらぱらと落ちる。最後に、かたん……と音がして、古い剣が、オスカーが炎の中で見つけたあの剣が、ジュリアスとオリヴィエの目の前に現れた。
「!」
ジュリアスとオリヴィエの驚いた姿に、ロウフォン自身が驚く。訳のわからないラオが、双方を交互に見て、「なんじゃ……? どうしたというのじゃ?」と呟いた。
「ロウフォン、これは? 説明して! ああ……すまない、声をあげてしまって。少し気が動転してしまった」
オリヴィエがそう言うと、ラオはまた不思議そうにした。
「ツ・クゥアン卿の名が出た時より、驚かれてますぞ、一体、この剣がどうされたのじゃ? まさかとんでもない宝剣じゃとか?」
「ラオ、この剣は私とオリヴィエにとっては、まさに宝剣だ……」
ジュリアスはそう言い、ロウフォンの話を待った。
「それが……」
ロウフォンは、その剣とオスカーの経緯を話した。
「たぶん居間にあったものを見つけて持ってきたのだと思います。最初は、何か混乱しているのかと思いましたが、うわごとで、これをジュリアス様に、オリヴィエ様に渡して欲しいと繰り返しています。呻き声の合間に聞こえるのは剣の事ばかり。時々、宙を掴む仕草さえして、俺の剣はどこだ、俺の剣をお見せしてくれ……と。私には何のことか判りません。オスカーの意識が戻らぬ今、それほどまでに願うのならばと持参致しました」
「ロウフォン、話せば長くなる。今はだだこの剣が、いや、この剣に付いているこの宝飾が、私にとっても、オリヴィエにとっても、そしてオスカーにとっても重大なものなのだと言うことだけ承知していて欲しい」
ジュリアスはそう言い、剣を手に取った。
「これを手に入れた経緯は?」
オリヴィエはロウフォンに尋ねた。
「その剣は今から、二十二年ほど前に手に入れたものでございます」
ロウフォンは、遠い昔を懐かしむような目をして話し出した。
「年の瀬でございました。今日明日にも我が子が生まれようかという頃、私は、当時のホゥヤン王のご命令で用足しに出向いておりました。港町インディラでは数々の市が立ち、大層な賑わいでした。私は、生まれてくる子の為に何か記念になるものでもと思い、それらの店を冷やかして歩いておりました。生まれてくるのは女であるかも知れぬのに、無粋者故、目に入るのは、馬具や武器ばかり。そこで目についたのがこの剣でした。随分古い物で剣としては、そのままでは使い物にならないとは思いましたが、何より赤いその石が、珍しく美しく思えまして、もしも女が生まれたとしてもその宝飾だけ取りだして使えるだろうと思い買い求めました」
「じゃ、これはオスカーの側にずっとあった剣なんだね。オスカーったら、なんで気づかなかったんだろう?」
オリヴィエは、ロウフォンに尋ねた。
「いえ、それが、この剣はオスカーの目に一度も触れることはありませんでした。剣を買い求め帰路についた私は、館に戻るより前に、王の御前に上がりました。用足しの報告を先にと。そこで、王の目に留まりまして。他国の珍しげなものには目のないお方でしたから……」
「取られちゃったの? 嫌なやつだね」
オリヴィエのあからさまな言い様に、ロウフォンは苦笑しながら、話を続けた。
「館に戻ると、既に子が産まれておりました。産婆に聞けば、丁度、あの剣を買い求めていた日時に、オスカーは生まれており、少しばかり残念に思いましたが、日々の流れの中で私は剣の事などすっかり忘れました。それから、やがて、ご存じのようにクゥアンとホゥヤンは戦になりました。国としてのホゥヤンは無くなりました。城の中の金目の物は、残された王族の皆様が、いち早く分配し持っていかれましたし、盗難も随分ございましたが、宝物庫の片隅に残されたものの中にこの剣を見つけました。この赤い石の部分も埃にまみれておりましたから、あまり良い物とは思われずにうち捨てられていたのでしょう。本来ならば、残されたものはホゥヤン領主にお渡しすることになっておりましたが、私はそれを持ち帰ってしまいました。その頃には、オスカーは、ジュリアス様の元で騎士になるべくクゥアンに向けで出発しておりました。私は持ち帰った後、泉の館の居間に、それを飾りました。いつかオスカーが戻った時にでも、何かのついでに話してやろうか……程度にしか考えておりませんでしたから、オスカーはその剣の存在さえ知らなかったのです」
ロウフォンは、話終えたものの、未だ理解できない様子で、ジュリアスとオリヴィエを見た。
「オスカーは出逢ったんだね。これに。泉の館で。ワタシやジュリアスと同じように、オスカーもこれを持っていたんだ」
「ああ、そうだな。これは初めからオスカーのものだったのだ」
ジュリアスは、手にしていた剣を一旦、円卓に置いた。
「ロウフォン、この剣、私に預からせて欲しい。オスカーが身に付けやすいよう短剣に造り直そうと思う」
「元よりそのままでは使えぬ剣です。これを貴方様にお見せすることはオスカーの願いでした。お好きなようにして頂いて結構です。いずれ元気になった時に、ジュリアス様のお手からそれを受け取る事が出来たら……それがあれにとっては何より一番でしょう。私も肩の荷が降りました。これを持参して良かった」
ロウフォンは、心底ほっとした様子でそう言った。
「随分、遅くなってしまったな。我らは城に戻るとしよう。ロウフォン、ラオ、さぞかし疲れているであろうに大儀であった。以後の事はまかせて、せめて数日はゆるりとしてくれ。何かあればすぐに連絡する」
ジュリアスは、二人を労うと立ち上がった。オリヴィエも後に続く。二人に見送られながら館の外に出ると、執事が厩からジュリアスたちの馬を引き連れて駆けつけた所だった。
「お前にも随分、遅くまで働かせてしまったね。今度こそお茶を招待するからぜひおいで。ラオとヤンも一緒だよ」
オリヴィエは執事にそう声を掛けると、軽やかに馬に飛び乗った。
「ジュリアス様」
ラオは、馬上のジュリアスに向かって声をかけた。
「どうか……」
そこまで言ってラオは困った顔をした。ツ・クゥアン卿のことで、“お気をしっかり……”と声を掛けたかったが、上手い具合に続きの言葉が出てこなかった。ジュリアスはそれを察したようだった。「ラオ、ありがとう」と短く言うと、すぐに振り向き、馬の腹を軽く蹴った。馬を、数歩ゆったりと進ませた後、ジュリアスとオリヴィエは城に向かって
戻って行った。
「儂らにとっては、一通り出来ることがたった今、済みましたが、ジュリアス様たちにとっては今から……ですな」
ラオは、ジュリアスとオリヴィエの後ろ姿に大きな溜息をついた。と、同時に膝の力が抜け、ガクリ……と彼は後ろに倒れそうになった。
「ラオ殿!」
「ラオ様ッ」
ロウフォンと執事は思わず駆け寄り、ラオの体を支えた。
「いや、なに……少し疲れただけじゃ、疲れた……だ……け」
ラオの体から力が抜ける。そして、執事の肩に凭れたまま彼は意識を失った。
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