第三章 9

 
 翌朝、モンメイ王の葬儀が、大広間にて行われた。参列者は、城内にいた僅かの騎士と兵士、それに王族などで、とても王の葬儀とは思えないほどの小さな規模である。リュホウとオリヴィエは、棺の後に並んで立ち、献花にやってきた者たちを見守っている。その合間に、「随分、寂しいね……」とオリヴィエは呟いた。
「急だったし城内がクゥアン軍に占領されている以上、派手な事もできまい。建碑の時でも派手にすればいい。墓が立派な方が父上は喜ばれるだろうよ 。だがそれもジュリアスの許可が出ればの話だが」
 リュホウはそう言い、それでもずらりと並んだ騎士と兵士たちの列が途絶えるのを待っていた。やがて葬儀の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。王族だけがその場に留まり、棺を 前に最後の別れをしていた。と、その時、リュホウの側に、ジャンリーが寄ってきた。 父の死に、さして嘆いている様子もなく、オリヴィエを押しのけるようにしてリュホウの前に出る。
「兄上様、今後の事ですけれど、私、あのジュリアス王の元に、差し出して頂いて結構ですわよ。政治的にもそれは意義のあることと思いますわ」
 隣にいるオリヴィエには目もくれずジャンリーはそう言った。突然、そう言われて、さすがのリュホウも唖然としている。
「ジャンリー、ワタシ、初めてアンタが可愛いって思ったよ。なんて計算高いんだろう。いいよ、そういうキッパリした態度、悪くないねぇ」
 オリヴィエは苦笑しながら言った。
「ごめんなさいね、オリヴィエ。貴方には悪いけど。同じ金の髪でもあちらと、貴方では格が違うわ。どうせなら」
「まあ、あのジュリアス王が、アンタを貰ってやってもいいと言うならの話だけどね、あれだけの王だから後宮には、美姫が百人くらいいてもおかしくないよね。ま、それだからこそ、 かえって見目の悪いアンタが目立って可愛がって貰えるかも知れないねぇ」
 ツンと澄ましたジャンリーの横顔に、オリヴィエは嫌味たっぷりに言い返した。
「なんですって! 私のどこが見目が悪いと? 兄上様、この無礼者になんとか言ってやって下さいな」
 ジャンリーは、リュホウに同意を求めて縋った。
「ジャンリー、無礼者はお前の方だ。オリヴィエはお前の兄だ、その口のきき方が治らぬうちは、恥ずかしくてクゥアンにやれるか。それに、お前の事を含め王族の処分については、クゥアン側からなされることだ」
 リュホウは、冷ややかにそう言った。
「なによ。兄上だって、オリヴィエの事は、捨て子だとか虐めていたくせに。ご自分が王になったとたん、保身の為、大切にしようという魂胆ね。でも、まあいいわ。それより処分ってなんですの?   私にも関係あること?」
 悔しそうに兄を睨み付けてジャンリー尋ねた。
「私も、とりあえずは一日、命が延びたが、明日はどうなるかは知れない。お前は女だから、よもや処刑などと言うことにはならんと思うが、あのジュリアスが、兵士にくれてやると言えば、それまでだ。姫らしく、気高く、大人しく、そしてここが一番大事な所だが、賢くしていろ。そうすれば、せめて 一番位の低いクゥアンの騎士の妾くらいにはなれるかも知れんぞ」
 リュホウにそう言われて返す言葉もないジャンリーは、憤懣する如く肩を怒らして去って行った。
「兄様……言い過ぎじゃない? でも少し嬉しかったけど」
「言っておくが、別にお前を庇ったわけでも、保身の為にお前の肩を持ったのでもないぞ。あの我が儘娘には丁度いい。お前こそ、今日は辛辣な事を、ハッキリ言ったな。いつもは黙っていたのに」
「もう父上はいないからね。父上の説教を、長々と聞くのも嫌だったからいつもは黙ってただけさ。酒でも入っていたら、泣きが入るんだもの。あ……ごめんなさい、こんな場で父上の悪い事を……」
 オリヴィエは少し気まずそうにして謝った。
「いや、いい。父上の説教がくどいのはよく知っているからな。特に、ジャンリーの事になると、この私ですら、もっと可愛がってやれだとか、こうるさかった。父上には 、ジャンリーが、この国で一番、美しく、心優しい娘に見えていたようだからな。もっとも父上の前では、本当に愛らしく振る舞っていたが」
「兄様も、ジャンリーの裏表は知ってたんだ……にしても、さっきのあの子の様子ったら……騎士の妾と聞いて目を白黒させていたよ」
 オリヴィエは、思い出して、耐えきれずクスクスと笑った。
「喪中だぞ、歯を見せて笑うな」
「あ……ごめんなさい。で、でもさ……くくく」
「お前も笑っていられるか? ジュリアスは、お前を捜していたんだぞ。何か話があると言ってたが。どういう話かはわからんが、金の髪を持つお前が欲しいのかも知れない。それはどういう意味で欲しいのかは判らぬが」
 リュホウがそう言うと、オリヴィエは真顔に戻った。
「覚悟はできてる。兄様、昨日、言ったよね、ワタシはモンメイ第一王子だって。その名に恥じないようにするよ、どういうことになったとしても、誇りだけ忘れずに」
「それならいい」
 オリヴィエがそう言うと、リュホウは、深く頷いた。そして、棺が運び出された後、リュホウとオリヴィエの身辺は、引き続きクゥアンの騎士たちの管理下に置かれた。
  
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