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「さぁ次元回廊を開け。早く戻らぬと、仕事が溜まる一方だぞ」 |
「それはそうだが……よいのか、このままで。そなたさえよければ、一旦、聖地に戻り、明日にでも改めて……」 ジュリアスにしては、煮え切らない言葉だった。 「二度手間になるではないか。皆には、それなりに挨拶は済ませてある」 クラヴィスが去ることは、聖地の誰もが承知の事実だった。次代の闇の守護聖となる少年も既に召還されていた。 「だが、このまま去るのだとは、誰にも言ってないのだろう」 「よいのだ。戻れば、私でさえも……」 そこでクラヴィスは急に小声になった。 「未練が残る」 微かに笑いながらクラヴィスは言葉を接いだ。 「わかった」 ジュリアスは、掌の中の神鳥の紋章の入った小さな金属片に触れた。そして自らのサクリアを募らせる。ジュリアスの背後には、既に暗黒の空間が出現している。サクリアと科学の力によって造られた聖地への道。金属片は、守護聖のサクリアを感受する鍵のようなもの。 ジュリアスは姿勢を正し、クラヴィスを見た。クラヴィスはジュリアスの前に傅いた。 「女王陛下よりの最後の詔を、光の守護聖ジュリアスが伝える。只今より、そなたは守護聖としての任を解かれる。長年に渡る聖地への忠誠に深く感謝する。つつがなきよう祈っている……」 ジュリアスは、心中とは別に、努めて凛とした声で言った。何度この言葉を言ったことだろう、とジュリアスは思う。自らの口から、先代の光の守護聖にこれを告げたのが、ジュリアスの光の守護聖としての最初の仕事であった。クラヴィスは、詔を賜った証として、さらに頭を低く垂れた。 「最後に……」 とジュリアスは言葉を繋ぐ。それが慣例を無視したジュリアス自身の言葉であると、クラヴィスは気づき、顔をあげた。 「クラヴィス……そなたと共にあって良かった……少ない機会ではあったが、共に野を駆け、たわいも無い遊びをしたこともあった。私にもそういう思い出というものがあって良かったと思う。下界の怪しげな街の探索に、無理矢理カティスに連れて行かれたことも今となっては良き思い出だ……」 ジュリアスとクラヴィスは、心の中にあるお互いの姿を思い出し、苦笑した。 「おかしなものだ。今になって、話が尽きない……クラヴィス、ありがとう」 言葉とともに、差しだしたジュリアスの手をクラヴィスは握りしめた。 「私を引き戻すこの手はもう無い。サクリアが尽きても私は、この地にあって鎮魂を続けるだろう。心が捕らわれそうになった時は、お前の姿を思い出そう」 傅いていたクラヴィスは、立ち上がりながらそう言った。
ジュリアスの背後の次元回廊が一段と深さを増す。空間が歪み、ジュリアスの全身を取り囲むように拡がった。クラヴィスと繋いだジュリアスの手だけが取り残されている。お互いの指先がついに離れると、ジュリアスの姿がもう一度、はっきりとクラヴィスの目に映った。 |