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あの幼い日から、幾たびかクラヴィスの鎮魂に同伴してきたジュリアスは、いつものようにクラヴィスの鎮魂が完全に終わるまで、彼から目を反らさずにその様子を見守っていた。 |
ジュリアスの額から汗が滴り落ちた。外の熱気が、この朱の部屋にあっては、増幅されて感じられる。空気すら滞ってきたように感じて、ジュリアスは目眩を覚え、思わず目を伏せた。 ほんの数秒後、ジュリアスは、ハッとしてクラヴィスを見た。彼を取り巻く紫紺のサクリアはもう消えている。だがクラヴィスは、部屋の片隅に向かって立ち、ただ動かずにいる。目には見える。だが、そこに生きているものとしての気配が無い。 「クラヴィスッ」 ジュリアスは慌てて彼の元に行き、その腕を掴んだ。返事は無い。ジュリアスはクラヴィスの肩を揺すると、心の中で懸命に叫んだ。 (クラヴィスッ、クラヴィス、何をしているのだ? そなたのいる場所は、そこではないッ) ふとジュリアスの指先が、クラヴィスの手に触れる。汗が滴り落ちるほどの中にあって、氷のように冷たいその手……。ジュリアスはクラヴィスの手を握りしめると、今度は声にして叫んだ。 「クラヴィス!」 その声はタイルの貼られた室内に共鳴し、余韻を残しながら消えてゆく。 その時、ジュリアスは、何者かに足首を掴まれたような感覚に捕らわれて、思わず俯いた。何も見えはしない。だがそこに、浮かばれぬ魂がひとつ転がっていることを明確に感じながらジュリアスは、呻いた。 「クッ……」 ふいに心の中に聞こえた言葉に、ジュリアスの体に拒絶反応が走る。無意識のうちにジュリアスはクラヴィスに救いを求めた。その、声無き声が、ようやくクラヴィスに届く。 「!」 クラヴィスの瞳に生気が戻った。すぐさま彼は跪くと、ジュリアスの足下に向かって手を差し伸べた。 アジュマラ王は間違っている。正さねば。 この宇宙は聖地と主星を軸としているのに。この地の神など、まやかしにすぎないのに。 この宇宙の真理は聖地にあるのに…… 再びその声が、ジュリアスとクラヴィスの心に入ってきた。 「お前たちの無念は判った。だが、お前は聖職者であろう。怒りに身を任せてはならぬ。もうお前も安らかに眠るがいい」 おお……サクリ…アが…… クラヴィスの放つサクリアがジュリアスの足下に拡がった。ジュリアスの足に絡んでいた生暖かい重い空気が、ようやくかき消えた。 「消えたか……」 クラヴィスは蹌踉めきながら立ち上がり、こめかみに手をやると辛そうに俯いた。 「今のは……浮かばれぬ魂のひとつ、古の主星人の伝道師の霊か……? そなたは大丈夫か?」 「ああ。全ては治まったようだ。この程度の事に手こずるとは、やはり私の力もこれまでのようだな。疲れた……」 「とりあえずは、この部屋を出よう、どこか風の通る所で休むがいい」 ジュリアスは、ふらついているクラヴィスの肩を支えると、歩き出した。朱の間を出て、二人は回廊を抜け、先ほど僧たちが、祈りを捧げていた部屋の辺りまで戻った。僧たちの祈りはまだ続いていた。 |