扉の中は、砂風の舞う外とは別世界だった。
風の通りをよく計算して小窓が作られ、『青の壮麗朝』の名の如くに、内部の壁面までもが、青タイルで埋め尽くされていた。
さらにそこに描かれた文様は、外の壁面のものよりも、緻密さを増している。

「見事なものだな。この暑さの中でも、それを感じさせぬほどの青さだ。この宮を建てた王朝の繁栄はいかばかりであったか……そなた、この宮の記憶はあるか?」
 ジュリアスは感嘆の声をあげつつ、クラヴィスに尋ねた。
「いいや。だが、外壁の青さの朧気な記憶だけはある。幼心にも素晴らしいと思ったものだ。しかし……その王朝の繁栄の影で、抑圧された民がいたことも忘れてはならぬな……この緻密な文様をタイル一枚一枚に描いたのは、貧しい家の者、それもまだ幼い者たちだったと聞く」
「幼い者たちにまで従事させたのか……」
「目が良いからだ」
 クラヴィスは、そう言うと青い壁面を悲しそうに見つめた。

「……クラヴィス、この場所か?」
 ジュリアスは、自分の背後にいるクラヴィスに小声で言った。
「いや……もっと奥のようだ」
「では、急ごう」
 二人は、その場を離れると、次の間に進んだ。同じ様にタイル貼りの青い間が続く。

「だが本当に、この文様の複雑さは素晴らしいものだ。この文字の意味が解かれば、もっとこの王宮の全貌が明らかになるだろうな」
 ジュリアスは壁の一部に書き綴られている文字をなぞる。まるで、蔦のように複雑に絡み合う文字と文字。
「天に願う、我らが神の永久にあらんことを、今またこの地に君臨せし神の御子の為に祈りを捧げん……」
 クラヴィスの声は穏やかにその文字を読む。
「そなた、読めるのか?」
「驚くことではないだろうに」
「しかし、そなたがこの土地を離れたのはまだ幼い時だったから。それにこれは、かなり古い時代の文字を装飾的に描いているのではないのか?」
「自分の故郷の言葉だからな……それなりには……」
 クラヴィスが聖地に上がったばかりの頃、古い故郷の伝承話の載った本を心の拠り所にして読んでいたことを、ジュリアスは思い出した。

「案内板によると、ここは一番目の祈りの間だったところだな。特にこれといった陰りも感じられぬ……」
 クラヴィスは広間の片隅に付けられた案内板を見た。そして窓辺から差し込む日を避けると、奥に続く扉を指さした。
「もっと奥か……」
 ジュリアスとクラヴィスは、さらに奥に進む。同じ様に文様が延々と続く回廊を抜けるとそれまでの青い世界が急に途絶え、壁面が剥き出しの煉瓦に変わった。
 太陽の日差しが復活し、その煉瓦の回廊に差し込む。広い中庭には木も草も無い。向こう側に、趣向の違う三つの門戸があった。左の門は日干し煉瓦を積み上げただけの質素な造りのものだった。右の門には、文様の無い青いタイルが貼られている。中央の門は、例の緻密な文様の描かれた青タイルで装飾された美しい門だった。今は左右の門は閉ざされており、中央の門だけが、開け放れていた。

「この宮では、全てのものは一旦、最初の祈りの間で穢れを祓われる。その後に、階級によって三つの祈祷所に入ることが許されるという。左端の剥き出しの煉瓦のままの門は、卑しき身分が通る門、右は、身分ある女性と子ども、それに平民の男、中央が身分あるべき男が通る門……昔は厳しい身分制度が敷かれていたのだ。随分と改正されたとは言え、今でもその風潮は、この土地に残っている」
 クラヴィスは呟いた。
「穢れを払う……か。そして徹底的な男尊女卑、奴隷制度、唯一の絶対神……」
 ジュリアスは眉を顰めた。主星に生まれ、聖地信仰の元に生きてきたジュリアスには理解しがたい異教だった。
「このように分けられた門から中に入ることは些か抵抗があるが、そうとも言っておられぬか……行くぞ」
 ジュリアスは、照りつける強い日差しを片手で遮りながら、その門に急ぐ。 

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