「オスカー、何処に行く?」
 振り返るとクラヴィスがいた。主星に向かう次元回廊の途中で。
俺は心の中て舌打ちをした。次元回廊を使うには、許可がいる。
ジュリアス様が去られた後は、その代わりを勤めるルヴァかクラヴィスの。
「休日ですから、気の向くままに」
「ほぉ?」
 退任した守護聖の所には逢いに行ってはならない……それは暗黙の了解だった。クラヴィスは含んだような言い方をして、俺を見た。
「言いたい事があるならハッキリと仰ったらどうです」
 俺の声は思わず荒くなる。
「聖地の夜は、殊更静かだ。安らかなはずの聖地の夜に、心震わすものがあれば、その波動は私を捉える、迷惑な事だな」
「それは……」
「この聖地にはいろいろと制約があって、こざかしいことだな。任を離れた守護聖には関わってはならぬと定めたのはいつの御代からか。頑なにそれを守るべきだと主張する頭の固い守護聖もいた。だが……その守護聖も今はいない、幸か不幸か、只今の筆頭守護聖はまだ幼い。そしてその代理を勤める私は、職務怠慢なのでな……他の守護聖の行動などいちいち預かり知らぬ」
 クラヴィスは淡々とそう言った。
「声を荒げて申し訳ありませんでした」
 俺はクラヴィスに頭を下げた。
「覚悟の上で行くのだな?」
 覚悟とは?……わかっている。ジュリアス様が去られて、俺の中ではまだ一ヶ月しか経っていないが、ジュリアス様はもう三年近い月日を下界で過ごされているということだ。その月日がどんなにジュリアス様を変えてしまっているかは、計り知れない。主星に戻り、大貴族とは名ばかりになってしまった家を再建するつもりだと仰っていたが、もしかしたら、もうご家族をお持ちになっていて、聖地の事などに何の未練もお残しではないかも知れない。
 俺などが顔を見せれば、何をしに来たと叱咤されるかも知れない。だが、俺は、それでも一目、ジュリアス様に逢いたかった。どうしても聖地では告げられなかった一言を言ってしまいたい。一笑され軽蔑されるならばそれでいい、そうすれば俺は諦められるから。

「……よろしく伝えてくれるよう」
 クラヴィスは目を伏せた。その時に俺は悟った。
この人もまた、ジュリアス様に告げられなかった言葉があるのだと。

  next